…初めは相撲見物の者が10人,20人と仲間を誘い合わせてつくった講中のようなものがしだいに案内所として発達した。江戸相撲全盛期の寛政年間(1789‐1801)には,出方(桟敷札の売りさばき人),物持(案内人)と彼らをやとう桟敷方(相撲茶屋の前身)という形態が組織だったものとなった。その後1833年(天保4),当時の相撲会所は14人の桟敷方との間のもめごとをなくすために,全年寄の加判のうえ,契約書を取りかわして桟敷方の永代権利を認めることになった。…
※「物持」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の9月中 (9月後半) のことで,太陽の黄経が 210°に達した日 (太陽暦の 10月 23日か 24日) に始り,立冬 (11月7日か8日) の前日までの約 15日...