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物集高世 もずめ たかよ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

物集高世 もずめ-たかよ

1817-1883 江戸後期-明治時代の国学者。
文化14年2月1日生まれ。豊後(ぶんご)(大分県)杵築(きつき)の商家の出身。漢学は元田竹渓,国学は定村直孝,平田銕胤(かねたね)にまなぶ。杵築藩の国学教授をへて,神祇(じんぎ)官の宣教権(ごんの)少博士となった。長男に物集高見。明治16年1月2日死去。67歳。通称は丈右衛門。号は葎屋(むぐらのや)。著作に「辞格考」「神道本論」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

物集高世

没年:明治16.1.2(1883)
生年:文化14.2.1(1817.3.18)
幕末維新期の国学者。通称は卯兵衛,丈右衛門。号は葎屋。豊後国杵築(杵築市)の商人物集善右衛門の子。藩儒元田竹渓,豊前の国学者定村直好に学び,のち平田銕胤の門に入る。明治1(1868)年豊前の宇佐学館に請われて神典を講義,また杵築藩教授方,藩校学習館国学教授を兼任,士族に列せられ,翌年神祇官宣教使,3年宣教権少博士となる。国語の研究に力を注いだ『辞格考』『本言考』,また『神道余論』などの著がある。子の高見は『広文庫』の編者で言文一致運動を推進した。<参考文献>大分県教育会編『増補改訂大分県偉人伝』,杵築町委員会編『杵築郷土史』

(白石良夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

もずめたかよ【物集高世】

1817‐83(文化14‐明治16)
幕末・維新期の国学者。豊後の人。通称卯兵衛,丈右衛門。葎屋(むぐらのや)と号した。商家の子であったが学を好み,早くから儒学,国学を学んだ。神道,歌学の研究をよくし,1868年(明治1)豊前宇佐学館で神典の講義を担当。ついで同年杵築藩に仕え,神官教授方,藩校学習館国学教授に任じられ士分となった。明治維新後は神祇官宣教使となり,宣教権少博士に進む。著書に《神道本論》《歌学新論》など。高見は長男。【南 啓治】

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