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狩野宗秀 かのうそうしゅう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

狩野宗秀
かのうそうしゅう

[生]天文20(1551)
[没]慶長6(1601)
桃山時代の狩野派の画家。松栄の次子永徳の弟。画法を永徳に学んだといわれ,作風も兄に近く桃山の豪放さが現れている。代表作『四季花鳥図屏風』 (田万家) ,『日しん上人像』 (京都国立博物館) ,『三十六歌仙』画額 (京都,豊国神社) など。なお作例から鼎形「元秀」印の使用が確認され,この印を有する京洛名所などを描いた扇面画がかなり伝存する。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

狩野宗秀 かのう-そうしゅう

1551/52-1601/02 織豊時代の画家。
天文(てんぶん)20/21年生まれ。狩野松栄の次男。兄永徳をささえ,没後は兄の子光信を補佐した。天正(てんしょう)18年(1590)兄とともに御所の障壁画をえがき,慶長4年桂宮家新殿の障壁画制作にたずさわる。永徳の様式をついで豪放であらあらしい作風の作品をえがいた。代表作に「四季花鳥図屏風」,「一遍上人絵伝」絵巻など。慶長6/7年11月死去。51/52歳。名は秀信。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

かのうそうしゅう【狩野宗秀】

1551‐1601(天文20‐慶長6)
桃山時代の画家。狩野松栄の次男で永徳の弟。名は季信(秀信)。法眼になる。1590年(天正18)の御所の制作では永徳を助け,永徳没後の99年(慶長4)には八条宮家に描くなど,永徳以来の豊臣家との関係を保とうとした。96年の《日禛上人像》(京都国立博物館),〈元秀〉印をおす《四季花鳥図屛風》(大阪市立美術館),《京名所図》扇面がある。画風は永徳の荒々しさを残しながらも装飾性を加える新しい面を見せている。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

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