玄忠寺(読み)げんちゆうじ

日本歴史地名大系 「玄忠寺」の解説

玄忠寺
げんちゆうじ

[現在地名]鳥取市新品治町

学成(がくじよう)寺西隣にある。近世には城下西端の寺の集中する地域にあった。深心山と号し、浄土宗。本尊は阿弥陀如来。境内は一千八六二坪あった(明治四年「因州分寺院籍」県立博物館蔵)。明治五年(一八七二)二二代住職祥誉雪城の記した当山系図書(「鳥取市寺院縁起集」同館蔵)によれば、永正年間(一五〇四―二一)深心大忠によって開かれ、六世品蓮社九誉寿哲無道(明暦二年没)を中興開山とする。


玄忠寺
げんちゆうじ

[現在地名]笠岡市笠岡 川辺屋町

南流する隅田(すみだ)川の右岸にあり、大巌山と号し浄土宗、本尊は阿弥陀如来。かつては京都知恩院の直末で、備中総門派中の触頭でもあった(元禄一三年「福山領寺社改帳」池田家文庫)。慶長九年(一六〇四)より笠岡村に寺領五石(田三反余)があった(「徳川家康朱印状写」当寺蔵)。前掲寺社改帳によれば、開基は往古当地に一宇を結んで阿弥陀を安置したことに始まるという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む