理工系・医学系の研究(読み)りこうけい・いがくけいのけんきゅう

大学事典 「理工系・医学系の研究」の解説

理工系・医学系の研究
りこうけい・いがくけいのけんきゅう

[理工系・医学系の語の成立と背景]

日本の大学における研究は「学部(日本)」という組織およびその性格(教育・研究分野)と不可分である。とくに今日,理学と呼ぶ自然科学系分野,工学という応用諸科学分野においてはそうである。「理工系(日本)の研究」は自然科学と応用科学諸分野の研究全般を,「医学系の研究」は臨床医学的,基礎医学的研究を含めた生命医学諸分野の研究全般を内容的には意味するが,そもそも日常的に用いられる「理工系の研究」の「理工」は理学部,工学部あるいは理工学部を,「医学系の研究」の「医学」は医学部を含意した用語といえよう。

 「理学部」「医学部」といった「学部」を含んだ用語自体は,1877年(明治10)の東京大学創立時に現れた。寺﨑昌男によれば,同年4月,「東京大学宛文部大輔田中不二麻呂達」に「東京大学ニ四学部ヲ置ク 旧東京開成学校ニハ文学部理学部法学部ヲ置旧東京医学校ニハ医学部ヲ置候事」と書かれている。教育制度上の「理学」や「医学」などの用語はそれより早く,学制第38章(明治5年8月3日文部省布達第13・14号)の「大学ハ高尚ノ諸学ヲ教ル専門科ノ学校ナリ其学科大略左ノ如シ」の「理学 化学 法学 医学 数理学」に登場する。一方,「工」あるいは「工学」という用語も制度的文脈では,学制第189章(明治6年4月28日文部省布達第57号学制二編追加)に「外国教師ヲ雇ヒ専門諸学校ヲ開クモノハ専ラ彼ノ長技ヲ取ルニアリ其ノ取ルヘキ学芸技術ハ法律学医学星学数学物理学化学工学等ナリ」の中に見える。なお,ここでの専門学校は,「外国教師ニテ教授スル高尚ナル学校」(学制第190章)である。学部名での「工」なる字は帝国大学成立(1886年)以前の東京大学工芸学部に現れるが,大学に「工学部」という用語が使われるのは,大学令(大正7年12月6日勅令第388号)によって帝国大学工科大学が東京帝国大学工学部となった時点である。

 研究の内容から日本の大学学部の特徴をみれば,それは医学部に加えて,今日の工学部という実学(応用科学)を教育・研究する学部をその成立初期から大学に取り入れたことにある。この事実は,日本の大学制度が,工学系分野を長く大学から排除していたドイツや,モリル法(アメリカ)によって19世紀半ばに工学系分野を大学に取り入れたアメリカ合衆国と比較しても,近代大学としてきわめて先進的であったことを示すといえるかもしれない。

 1949年(昭和24)学制が新制度となり,旧制度下での大学理学部,工学部,医学部は新制度下でも学部名はそのまま引き継がれ,1903年以来の専門学校令(明治36年3月27日勅令第61号)により規定されてきた工業専門学校は工学部に,高等学校(大正7年12月6日勅令第389号)に規定される旧制高等学校(理科)の多くは新制大学文理学部(のちに,そこから理学部が分離)となった。また,1901年に五つの高等学校(旧制)医学部が独立し,その後専門学校令により医学専門学校となったが,これらの学校は医科大学を経て,新制度下で各大学の医学部となり,また,もともと医学専門学校として出発した学校も新制度下で大学医学部として再出発した。こうして,今日の新制大学理学部,工学部,医学部群が発足し,「理工系の研究」「医学系の研究」という専門学部の研究内容と密接に関係した用語が誕生した。

 一方,「理工」なる語は持たないが,重要な自然科学系分野として「獣医学」や「水産学」を含む「農学」と「薬学」が存在する。いずれの分野も分子などの化学系分野からヒトや動植物の生命科学分野に至る広大な研究領域を包含し,さらに「農学」においては農業土木や農業機械など,研究対象は工学系分野にも関わっている。

 「理工系」「医学系」と同様に制度としての歴史も古く,「農」と「獣医」なる語は学制二編追加(明治6年4月28日文部省布達第57号)第193章に「農業学校商業学校獣医学校等コレナリ」として,「薬」なる語は同206章「医学校教科」の「医学本科」の科目名「製薬学」「薬物学」に現れる。現在の薬学部は,東京大学医学部に設けられた製薬学科(1880年)や中学校令(明治19年4月10日勅令第15号)に基づく高等中学校に設けられた医学部薬学科にその起源をもつ。また大学としての農学部は,1890年に帝国大学の一分科大学となった帝国大学農科大学(大学令により東京帝国大学農学部)や,旧制高等農林学校を母体として戦後の学制改革で誕生した新制大学農学部に由来する。帝国大学農科大学には獣医学科も設置(1890年)されている。「理工系の研究」「医学系の研究」と同様に,「農学系の研究」「薬学系の研究」とは,一般的にはそれぞれ農学部,薬学部で行われてきた研究を意味していると言えよう。

[研究分野とその概要・性格]

2017(平成29)年度科学研究費助成事業(系・分野・分科・細目表)によれば,理工系・医学系,農学系(獣医学系,水産学系を含む),薬学系の研究分野とみなし得るものは以下の通りである。

(1)理工系(以下,分野・分科・細目の順)

[総合理工(日本)] ①ナノ・マイクロ科学(ナノ構造化学,ナノ構造物理,ナノ材料化学,ナノ材料工学,ナノバイオサイエンス,ナノマイクロシステム),②応用物理学(応用物性,結晶工学,薄膜・表面界面物性,光工学・光量子科学,プラズマエレクトロニクス,応用物理学一般),③量子ビーム科学(量子ビーム科学),④計算科学(計算科学)

[数物系科学(日本)] ①数学(代数学,幾何学,解析学基礎,数学解析,数学基礎・応用数学),②天文学(天文学),③物理学(素粒子・原子核・宇宙線・宇宙物理,物性Ⅰ,物性Ⅱ,数理物理・物性基礎,原子・分子・量子エレクトロニクス,生物物理・化学物理・ソフトマターの物理),④地球惑星科学(固体地球惑星物理学,気象・海洋物理・陸水学,超高層物理学,地質学,層位・古生物学,岩石・鉱物・鉱床学,地球宇宙化学),⑤プラズマ科学(プラズマ科学)

[化学(日本)] ①基礎化学(物理化学,有機化学,無機化学),②複合化学(機能物性化学,合成化学,高分子化学,分析化学,生体関連化学,グリーン・環境化学,エネルギー関連化学),③材料化学(有機・ハイブリッド材料,高分子・繊維材料,無機工業材料,デバイス関連化学)

[工学(日本)] ①機械工学(機械材料・材料力学,生産工学・加工学,設計工学・機械機能要素・トライボロジー,流体工学,熱工学,機械力学・制御,知能機械学・機械システム),②電気電子工学(電力工学・電力変換・電気機器,電子・電気材料工学,電子デバイス・電子機器,通信・ネットワーク工学,計測工学,制御・システム工学),③土木工学(土木材料・施工・建設マネジメント,構造工学・地震工学・維持管理工学,地盤工学,水工学,土木計画学・交通工学,土木環境システム),④建築学(建築構造・材料,建築環境・設備,都市計画・建築計画,建築史・意匠),⑤材料工学(金属物性・材料,無機材料・物性,複合材料・表界面工学,構造・機能材料,材料加工・組織制御工学,金属・資源生産工学),⑥プロセス・化学工学(化工物性・移動操作・単位操作,反応工学・プロセスシステム,触媒・資源化学プロセス,生物機能・バイオプロセス),⑦総合工学(航空宇宙工学,船舶海洋工学,地球・資源システム工学,核融合学,原子力学,エネルギー学)

(2)生物系

[総合生物(日本)] ①神経科学(神経生理学・神経科学一般,神経解剖学・神経病理学,神経化学・神経薬理学),②実験動物学(実験動物学),③腫瘍学(腫瘍生物学,腫瘍診断学,腫瘍治療学),④ゲノム科学(ゲノム生物学,ゲノム医科学,システムゲノム科学),⑤生物資源保全学(生物資源保全学)

[生物学(日本)] ①生物科学(分子生物学,構造生物化学,機能生物化学,生物物理学,細胞生物学,発生生物学),②基礎生物学(植物分子・生理科学,形態・構造,動物生理・行動,遺伝・染色体動態,進化生物学,生物多様性・分類,生態・環境),③人類学(自然人類学,応用人類学)

[農学(日本)] ①生産環境農学(遺伝育種科学,作物生産科学,園芸科学,植物保護科学),②農芸化学(植物栄養学・土壌学,応用微生物学,応用生物化学,生物有機化学,食品科学),③森林圏科学(森林科学,木質科学),④水圏応用科学(水圏生産科学,水圏生命科学),⑤社会経済農学(経営・経済農学,社会・開発農学),⑥農業工学(地球環境工学・計画学,農業環境・情報工学),⑦動物生命科学(動物生産科学,獣医学,統合動物科学),⑧境界農学(昆虫科学,環境農学[含ランドスケープ科学],応用分子細胞生物学)

[医歯薬学(日本)] ①薬学(化学系薬学,物理系薬学,生物系薬学,薬理系薬学,天然資源系薬学,創薬化学,環境・衛生系薬学,医療系薬学),②基礎医学(解剖学一般[含組織学・発生学],生理学一般,環境生理学[含体力医学・栄養生理学],薬理学一般,医化学一般,病態医化学,人類遺伝学,人体病理学,実験病理学,寄生虫学[含衛生動物学],細菌学[含真菌学],ウイルス学,免疫学),③境界医学(医療社会学,応用薬理学,病態検査学,疼痛学,医学物理学・放射線技術学),④社会医学(疫学・予防医学,衛生学・公衆衛生学,病院・医療管理学,法医学),⑤内科系臨床医学(内科学一般[含心身医学],消化器内科学,循環器内科学,呼吸器内科学,腎臓内科学,神経内科学,代謝学,内分泌学,血液内科学,膠原病・アレルギー内科学,感染症内科学,小児科学,胎児・新生児医学,皮膚科学,精神神経科学,放射線科学),⑥外科系臨床医学(外科学一般,消化器外科学,心臓血管外科学,呼吸器外科学,脳神経外科学,整形外科学,麻酔科学,泌尿器科学,産婦人科学,耳鼻咽喉科学,眼科学,小児外科学,形成外科学,救急医学),⑦歯学(形態系基礎歯科学,機能系基礎歯科学,病態科学系歯学・歯科放射線学,保存治療系歯学,補綴・理工系歯学,歯科医用工学・再生歯学,外科系歯学,矯正・小児系歯学,歯周治療系歯学,社会系歯学),⑧看護学(基礎看護学,臨床看護学,生涯発達看護学,高齢看護学,地域看護学)

 その他,総合系の[情報学]に情報学基礎(情報学基礎理論,数理情報学,統計科学)など4分科21細目,[環境学]として環境解析学(環境動態解析,放射線・化学物質影響科学,環境影響評価)など3分科10細目,[複合領域]にも人間医工学(生体医工学・生体材料学,医用システム,医療技術評価学,リハビリテーション科学・福祉工学)など7分科16細目の理工学系・医学系とみなし得る研究分野がある。以上の分野(細目)は,研究費の要求に伴い研究者自身が利用する便宜的な性格を持つが,「物理学」「化学」「機械工学」「生理学」などの伝統的なディシプリンを越えて領域が拡大・深化した今日の理工系・医学系・農学系・薬学系の具体的な研究分野の内容・類似性・相違を十分に表した用語でもあるといえよう。

[学問分野の概要・性格]

[理工系の研究] 理工系分野の研究では実験がその中心的位置を占める。普段日常的に使っている電気器具,乗り物,医療器具や薬等は,すべていろいろな段階,階層の実験的研究を経て製品化されている。たとえばパーソナルコンピュータの画面は物質で構成されており,物理学,材料科学,化学,電子工学等の実験的研究の成果が集約されたものである。創薬研究においては,標的化合物(薬となる化合物)は複数の候補からそれを決定した後,フラスコ(あるいはより大型の反応装置)の中での科学的な試行錯誤に基づく化学反応の繰返しによる合成(実験室で化学反応によって化合物を作り出すこと)とその安全性の生物による評価という過程を経て最終的に製品化される。このように基本的には,分野にかかわらず,テーマ(課題)を設定し,その解決のための実験を設計・計画し,それを遂行していくことが理工系の研究の最も大きな特徴である。物理学では素粒子論や宇宙物理学など,理論的研究がきわめて重要な位置を占める分野があるが,そこでも理論と実験が手に手をとって学問(研究)が進歩していく。湯川秀樹の中間子論も,原子を構成する素粒子の質量の起源たる粒子(ヒッグス粒子)の理論も,理論として提唱された後に装置を用いた実験的研究により,理論の正しいことが証明されたことはよく知られている。

 一方,「観察」と「観測」も研究を進める上で本質的な役割を果たす。地質学における化石や地層の発見・観察と分析,天文学における宇宙での星の誕生,爆発,消滅の観測とその理論的解析から地球や生物,そして宇宙の過去・現在・未来が考察され,それにより再び観測あるいは実験されるべき課題が発見されていく。また本来,地球,生命,宇宙の起源,気象予測などは,実際にそのプロセスそのものを実験的に再現して研究することは不可能である。よって,課題をモデル化して実験室スケール(実験の規模と装置の大きさ)で実験を試みる,コンピュータを用いてシミュレーションを行う,などの研究手法もこの分野ではきわめて重要といえる。農学系,薬学系の研究を含め,このような理工系の研究の役割は,人類の物質や宇宙,生命などについての認識を深めること,そしてその成果を活用して社会生活をより豊かにすることにあるといえよう。

[医学系の研究] 医学系の研究の目的は,人間の生命現象を理解し,病気を癒す方法を探求することである。そこでは分子から個体まで,さまざまなレベルでの病気の症状の観察から研究課題が設定される。医学系の研究の今日的な特徴の一つは,理工系の研究との密接な関係である。たとえば,診断や研究目的に使われる血中のタンパク質である酵素や抗体の検出や定量には種々の化学的分析装置が使われるが,このことは必要な装置の開発と,化学や生化学,遺伝子工学等の基礎研究を通して,関連する生体内化学反応の詳細を明らかにしていくことを意味する。光化学と分光学という化学の手法を利用して,がん細胞と正常細胞内の酸素濃度の違いを画像化して,がん細胞の検出に利用する診断技術も生まれつつある。がん治療のための放射線や重粒子線装置のデザインと製作は,物理学,機械工学,コンピュータ工学等と医学との共同作業なくしてはあり得ない。

 医学の研究と診断技術は一世代前に比較して,関連諸科学との共同作業とそれを通した機器化と装置化(これ自身は非人間化ではない)によって大きく進歩した。そして今日臨床医学は,その一つの方向として,iPS細胞(induced pluripotent stem cell: 人工多能性幹細胞)の研究に象徴されるように,細胞および遺伝子レベルの先端「技術」を駆使して,臓器を新たに作り出す再生医療へと進んでおり,基礎医学としてのウイルス学は,ウイルスを人工合成する技術(リバースジェネティクス法)により,100年程前に流行したスペイン風邪ウイルスを再現し,その霊長類への感染実験を行い得る水準に達している。いずれの技術も寿命を延ばし,致死的感染症を防ぐ革新的医療につながる大きな可能性を持っている。

 上記のような診断・治療法の進歩とこれまでにない研究手法・技術を獲得した医学は,人間の健康に関わる諸課題を解決するために,その実践において人文学や社会科学とも共同・協調しつつ,人類に真に豊かな恩恵をもたらす学問として発展していくことが今後強く求められていくであろう。

[装置の重要性]

実験的研究を行うには実験機器あるいは実験装置(以下装置)が必要である。装置とは,ある一定の機能と機構をもったまとまりのことで,普通は機械の形をとる。毎日利用している冷蔵庫や電子レンジも,実験室で用いれば装置となり得る。自然科学や工学全般の研究は何らかの方法あるいは手段によって対象に働きかけ,そこからの応答を検出し,解析する。その仲立ちをするのが装置である。ガリレオ・ガリレイが望遠鏡で月の表面の凹凸や木星の衛星を発見したことが,中世大学で長く講義されてきたアリストテレス的宇宙観を崩壊に導く契機の一つになったが,用いた望遠鏡は天体を観測するための装置であった。今日の大型望遠鏡は天文学の研究に欠くことができない。同様に生物学や医学の発展には顕微鏡の進歩が不可欠であったが,今日,顕微鏡の技術は組織や細胞レベルの観測を越え,物質科学の研究においては,分子の並び方(ナノメートル[10億分の1メートル]レベル)の可視化(画像化)まで可能になろうとしている。

 装置の開発と研究は密接な関係を持つ。顕微鏡の原理やその制作の技術は必ずしも生物学や化学という学問そのものではないし,心臓手術に用いられる人工心肺装置が,深く関係はしているが医学の研究そのものでもないように,自然科学や医学の研究は互いに他分野の進歩やそれに関係した技術の発展と不可分である。機械工学の訓練も受けた物理学者レントゲンはX線を発見したが,のちにこれは装置化されていわゆるレントゲン撮影装置となって医学の診断に使われてきた。これを高度化したX線CT(Computed Tomography: コンピュータ断層撮影)の手法は内臓や血管等の画像診断を可能にしているが,この開発過程そのものも,医学的課題を解決するための,物理学,機械工学,電子工学,コンピュータ工学等の共同による研究作業にほかならない。レントゲンがX線を発見したとき,手をかざしたら手の骨が画像化されたことで医学への応用が直ちに考えられたが,これは物理的現象の発見が先にあり,それが医学へと装置的に応用された例である。逆に,研究の必要性に応じて装置が開発される場合も数多い。身体を切開しないで身体内部を観測できる内視鏡や上記のCTの技術などはその例であろう。

 今日,人が化学実験室に入れば,小さなものから大きなものまで数多くの装置に取り囲まれ,それを駆使して研究に取り組む。温度計,圧力計,真空ポンプ,フラスコなどの汎用装置に加えて,X線を用いた物質(分子)構造解析装置,磁場と電磁波を利用した物質(分子)構造解析装置などである。後者と同じ原理のMRI(Magnetic Resonance Imaging: 核磁気共鳴画像法)は疾病の診断装置として現在広く使われている。なお小型の温度計や化学実験用注射針,医療用メスなどは通常は器具と呼ばれ,化学実験用のフラスコや試験管なども(ガラス)器具である。これらを組み合わせて特定の大きさと機能を持つようにした場合は装置と呼ぶ場合が多い。現在では,コンピュータがあらゆる理工系,医学系の研究に必要不可欠なものとなって実験機器や装置に組み込まれている。

[基礎研究・応用研究・開発]

理工系の研究,医学系の研究のいずれもが,その性格によって三つに大別できる。NSF(全米科学財団)は研究(research)をその内容によって基礎研究(basic research),応用研究(applied research),そして開発(development)に分類している。それによれば,①基礎研究とは,まだ知られていない根源的現象や観測事実について,研究により得られた結果を特定の目的に応用したりすることを念頭におかずに,より十分な知識や理解を得ることを志向して行う系統的な研究(study)であり,②応用研究は,ある特定された明確な目的や要件を満たすための手段を決定するために必要な知識あるいは理解を得るための系統的な研究であり,③開発は,研究で得られた知識や理解を,要求される特定の条件に合致するように,原型(プロトタイプ)および新しい製法のデザイン,展開,そして改善を含む有用な物質,デバイス,システムあるいは手法などの生産に向けて計画的に応用することである。

 この定義に従えば,大学での研究の多くは①と②に分類されるであろう。医学の研究では,治療や診断への応用という面があるので,形式上は純粋に①と②に分ける意味は理工系に比較して小さいともいえよう。③の開発の多くは,企業の研究所等で行われているが,大学でも独自に,また企業との共同研究としても行われている。しかし,企業でも①の基礎研究を行っている場合もあるし,①と②の境界ははっきりしたものではない。基礎研究がそれを行った研究者が持つそれとはまったく別の理解・観点からある分野の応用研究に展開される場合もあるし,製品の開発に利用されたりすることもある。また開発(研究)の過程で,まったく予期せずに物理学や化学の根源的な問題に遭遇し,そこから新たな基礎研究が進んでいく場合も十分あり得る。上記①②③のどれが優位で,どれがより重要でないかという議論は意味がない。大学では研究課題の設定は基本的に自由であるが,大学での研究は単なる真理探究ではない。得られる結果とその応用による社会全体への影響を考えるとき,大学での研究は人類と社会に対して大きな責任を負っていると言えるであろう。

[研究資金と研究]

研究を遂行するには研究費が必要である。研究費は研究に必要な経費をただ支払うための単なる道具ではない。それは,大学での研究のあり方を根本的に規定する。研究費はその性格によって二つに大別できる。一つはコントラクト(contract: 契約)であり,もう一つはグラント(grant: 研究補助金)である。コントラクトとは,ある特定の性能を持ったエンジンの開発や,湖の水質を詳細に調査するなど,具体的な目標を定めた研究を行うための経費で,たとえばアメリカのエネルギー省(Department of Energy)や海軍省の研究部門(Office of Naval Research)などが提供している(これらの機関はグラントも提供する)。この経費には,研究終了時に資金提供機関に対して一定の成果とともに,何らかの説明責任がある。それと対照的に,グラントとは研究者自らの裁量で,自ら設定した研究目的に沿って自由に使用できる経費である。課題の達成義務や研究終了時の資金提供機関への説明義務は本質的にはない。論文による実績が多ければ研究計画がより採択されやすくなることは研究内容の評価に関することで,グラントの性格とは別問題である。

 NSFやNIH(国立衛生研究所)の研究費(grant)は文字通りグラントであり,日本の科研費(日本)(科学研究費補助金(日本))もグラントである。日本の大学に文部科学省から交付される運営費交付金(日本)は大学内で規則に基づいて配分され,科研費のような形では教員個人の裁量で使用することはできない。したがって,これは,受領した額は教員の裁量で使用できるが,科研費のようなグラントとはいえない。現在,日本の国立大学では教員一人当たり研究費として使用できる運営費交付金は年々減少しているが,外部資金である科研費の総額は増えている。グラントの直接経費は研究者個人に与えられるもので,このグラントの性格こそ,それを受領する大学教員の研究の自由に関わる最も大きなものの一つといえよう。
著者: 赤羽良一

参考文献: 寺﨑昌男『東京大学の歴史―大学制度の先駆け』講談社,2007.

参考文献: NSF:https://www. nsf. gov/statistics/2017/nsf17316/overview. htm

参考文献: エミリオ・セグレ著,久保亮五,矢崎裕二訳『X線からクォークまで―20世紀の物理学者たち』みすず書房,1982.

参考文献: 青木靖三『ガリレオ・ガリレイ』岩波書店,1965.

参考文献: William Clark, Academic Charisma and the Origin of the Research Universities, The University of Chicago Press, 2006.

参考文献: 松本三之介,山室信一(校注)『学問と知識人』日本近代思想大系10,岩波書店,1988.

参考文献: 児玉善仁『〈病気〉の誕生―近代医療の起源』凡社,1998.

参考文献: R.J. フォーブス著,田中実訳『技術の歴史』岩波書店,1956.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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