化学工学は土木工学,機械工学,電気工学とならぶ主要工学の一つであり,現代の化学工業の技術を生み出し,それを支えている基盤学問体系である。しかし,一般になじみがうすいのは,化学技術における化学工学の役割が,機械技術における機械工学の役割のように単純ではないからである。化学工業の技術は,化学工学とは別に,化学にも直接に基礎をおき,化学者によっても支えられている。機械技術が物理学に基礎をおいてはいるが,物理学者によって支えられてはいず,機械工学が唯一の基盤である点とは異なる。これは,化学が基礎科学であると同時に技術学だからである。実際に化学工業は化学者の実験室から発生した。しかし,技術が実験室の枠を越えて,大規模な工場生産として実現するためには,工学の基礎を必要とした。これが化学工学の始まりである。
実際に,化学工学は,20世紀初めアメリカで石油精製工業とともに誕生し発展した。大学で化学工学の専門学生の教育が始まったのはアメリカが1905年,イギリスが23年,ドイツが29年,日本が40年である。
化学工学の当初の目的は,化学者が実験室内で行っている加熱,蒸発,冷却という熱的操作や,蒸留,吸収,抽出といった分離操作を工場的な規模で実現するための装置を考案し,これを設計するための設計理論を確立することであった。装置は機械の一種であるが,動作原理はミクロな物理化学的な変化過程に依存しており,普通の機械とはまったく異なる設計理論を必要とする。この理論を単位操作論と呼んでいる。単位操作論は1930年代,40年代に発展し,ほぼ完成された。これによって大規模な加熱炉や蒸留装置が自由に設計できるようになった。これが化学工学発展の第1期である。
次に化学工学者の努力は化学技術の中核である化学反応を工学的に解析し,反応装置の設計理論を確立することに向けられた。この分野を反応工学という。この分野は50年代から60年代にめざましく発展した。このようにして単位操作論,反応工学を確立した化学工学が威力を発揮したのは,反応装置のスケールアップの分野である。実験室で成功した反応を工業的な規模で実現するには,装置の容量を何百倍にも大きくしなければならない。これをスケールアップという。経験的な方法では,スケールアップできる限界は数倍程度であったが,反応工学の成功によって,実験室での試験結果からいきなり巨大な工業反応装置の設計もできるようになった。
装置の設計理論を確立した化学工学に残された次の問題は,これらの装置の組合せシステムとしてのプロセスの設計理論を確立することであった。これをプロセス工学あるいはプロセスシステム工学と呼ぶ。プロセスシステム工学は60年代に世界に先駆けて日本で研究が始まり,コンピューターの発達とも相まって大きな発展をとげた。この成功によって,実験室での実験結果をもとにいきなりプロセスシステム全体を計画設計することが可能になった。これは,プロセス開発のための欠かせない手段である。こうして化学工学は,工業技術としての化学技術を開発し,それを設計し管理するための一貫した体系として確立された。
このように化学工学は,化学技術を大規模に工業化するための数々の課題を解決するために発生し,発展したのであるが,このことは化学工学に問題解決型という特徴ある性格を与えた。記述的というより方法論的,個別工学というより総合工学的な性格である。したがって化学技術の大規模工業化という課題に関し,化学工学の体系が確立したあとも,化学工業が直面する課題を解決するために化学工学はその内容を広げている。実際,70年代に化学工業が直面したのは公害問題とエネルギー問題であった。これらの解決のため,化学工学は環境保全技術,石炭利用技術,省エネルギー技術などの面に研究努力を集中させ,大きな成果をあげた。80年代に入り,化学工業は,機能性材料や分子生物学の発展などによって高度な技術への転換を迫られている。今後,化学工学はこれらの問題に取り組むことになろう。
執筆者:西村 肇
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
化学製品の製造工程を能率よく、経済的に行わせるための、化学プロセスの計画および製造装置の設計、建設、運転などに関する工学をいう。
化学工業は、いろいろな原料物質を混合し、加熱、触媒との接触などして化学反応をおこさせ、得られたものを蒸留などで分離精製して製品としている。これらの工程はいずれも化学装置内で行われ、外部から温度、流量、圧力などを調節するだけで進行するので、化学工業は装置工業ともいわれる。
化学プロセスの種類は違っても、化学反応工程の前後には、原料の調製、生成物の分離といった物理操作が加わっている。これを分解すれば粉砕、混合、蒸留、吸収、抽出、乾燥などの単位操作と反応操作との組合せとみなすことができる。これらの単位操作をプロセスと切り離して個別に考えると、それぞれ同一の原理に統一され、またすべての反応操作も熱力学と反応速度論を基礎として解析される。得られた結果は、あらゆる化学プロセスに対し、その設計、運転などに際し共通に応用できるはずである。このような考えから発達し、これらの原理を解析、研究するのが化学工学である。すなわち工業化学が化学工業を縦割りした学問であるのに対し、化学工学は横割りの学問である。化学工学の原理や手法が多能的であるため、最近は化学工業ばかりでなく、製鉄工業、食品工業、エネルギー関係、環境保全などの分野でも化学工学の寄与が認められており、発酵、生化学工業や医学への応用が期待されている。
[大竹伝雄]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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狭義には,化学工業における物理的な単位操作(流体輸送,かくはん,加熱,分離など)を対象とする工学の一部門.広義には,化学工業技術の学問をいい.単位操作のほかに化学的な単位反応(酸化,ばい焼,ハロゲン化,電解など)を加え,さらにこれらの応用として単位操作装置,単位反応装置の開発,設計,運転などが含まれる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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