物質の究極とみなされる構成要素とその運動を研究する学問。狭義には、理論的研究に限定してこのことばが用いられるが、素粒子に関する実験的研究をもあわせて素粒子物理学とよばれることが多い。素粒子論は自然界のもっとも普遍的な構造と法則を対象とするので、物理学の基礎をなす重要な研究分野であり、また現代数学との関係も深い。
[牧 二郎]
近代科学としての物理学が、原子論的な見方から物質の構造の問題を取り扱うようになったのは、比較的近年のことである。すなわち、素粒子論の自然哲学的源流は遠くギリシア時代にさかのぼることができるが、実証的科学の範囲では、物質の組成に関する科学は、むしろ中世の錬金術に発したともいえる化学の領域においてまず始められた。そしてラボアジエからドルトンに至って確立された原子論や、メンデレーエフに負う元素の属性の周期律の発見のような成果も、その時代においては、物理学上の進歩であるとはみなされていなかった。当時、物理学は力学の基本法則に基礎を置いて任意の物質系の運動やそれに関する諸概念を扱うものとされ、自然界のさまざまの現象をできるだけ広範囲にわたって体系的に説明する学問とされていたからである。
やがて、光や電磁気現象の研究が進んでファラデー‐マクスウェルの理論が完成し、また陰極線の正体として電子が発見されたことを契機に、物理学の関心はこれら電磁場や電子のような具体的かつ普遍的な対象そのものの研究に向けられるようになった。ローレンツの電子論は物理学のこの新しい方向を示したものといえる。また、熱力学の統計物理学的基礎づけ(ボルツマン)や20世紀初頭のX線や放射能の発見は、原子論に対する新たな関心を物理学にもたらした。そして光の粒子性や電子の波動性が発見され、ボーアの原子模型を基盤に量子力学が生み出されるに及び、原子論の立場は化学的原子の概念を超えて微視的世界の力学法則によって理解される物理学的理論として確立された。このことを通じて、自然の諸現象を統一的に理解し客観的自然としてこれをとらえることは、個別の物質の背後にある、より普遍的な自然の構成単位の発見と密接に結び付いているという認識が物理学のなかに浸透してきたのである。アインシュタインによる相対性理論の発見は、物質の運動の準拠となる時間・空間それ自体の性質が、物理的時空間として、自然の示す客観的法則によって規定されるべきことを明らかにしたものであった。一般相対性理論に至ると、物質と時間・空間とは、もはや後者が単に前者の容(い)れ物としてあるのではなく、両者が相互に規定しあう仕方を定める要因として重力の本質をとらえようとするのである。
[牧 二郎]
原子構造に関する量子力学的理論の確立を足場として、物理学の次の目標が原子核の研究に向けられたのは当然であった。1930年代の初頭まで、すべての原子核はそれぞれ一定個数の陽子と電子とによって組み立てられていると信じられてきた。したがって自然の究極的な構成単位は、陽子、電子、光子の3種類をもって尽くされていると考えられていた。しかし、1932年に中性子が新たに発見され、電子にかわり中性子が陽子とともに原子核の構成単位であることが明らかとなったことを契機として、中性微子(ニュートリノ)仮説を用いて原子核のβ(ベータ)崩壊現象が、また中間子仮説の導入によって核力が、いずれも場の量子論に基づいて理論的に説明された。こうして、もろもろの原子核の背後に潜むより普遍的な一連の物質の存在が認識されるようになった。これらの粒子を素粒子elementary particlesとよぶ習わしとなったのもこのころ(1935ころ)からである。先に述べた3種類の物質(陽子、電子、光子)のほかに新たなものが加わったとはいえ、これら比較的少数種類の物質とその相互作用とによって物理的自然を統一的に把握しうると期待された意味において、これらは万物の素(もと)として「素粒子」とよばれるに値するとされたわけである。素粒子論ということばもほぼこの時期に生まれたのである。
[牧 二郎]
素粒子とその相互作用を記述する理論は、(相対論的な)場の量子論である。この理論によって、さまざまな素粒子の属性、すなわち、質量、スピン、スピンと統計性との関係などのほか、素粒子の反応において示される各種の保存則や、これに結び付く素粒子の電荷その他の量子数が定義される。そして、もし自然界にいかなる種類の素粒子が存在し、いかなる相互作用の下にあるかがわかれば(あるいは仮説として与えれば)、これら素粒子に関連する物理量の示すべき観測値を計算によって予見し、実験と比較することが原理的に可能となる。ところが現実には、場の量子論は量子電磁気学とよばれる特別によく知られた例を除いて、実験結果の定量的理解を含めたその妥当性を証明することがむずかしいのみならず、素粒子に任意の相互作用を導入すると、しばしば回避できない数学的困難を引き起こすために、場の量子論そのものに本質的な内部矛盾があるとする批判が古くから行われてきた。
加えて、1950年前後の時期から実験によって新たに多数の素粒子が発見され、強い相互作用を行う素粒子(ハドロンと総称)の種類はしだいに増えて100種類以上に及ぶことになった。このため、このような多種類の素粒子の存在を統一的に記述する原理が場の量子論には内在していないこととも関連して、素粒子を記述する理論としての場の量子論の有効性に対する否定的な見解もしばしば強い影響力をもって唱えられてきた。
しかしながら、素粒子の弱い相互作用ならびにハドロンの存在様式やその強い相互作用に関する知識は、この時期にはなお単なる現象論的な知識にとどまっていた。その後、実験的知見の集積と諸現象の理論的分析の急速な進展によって、一方では空間反転の不変性を破る弱い相互作用の型がしだいに明らかにされるとともに、他方強い相互作用の領域においては、坂田模型(1956)からクォーク模型(1964)の提唱を経て、ハドロンはもはや「素粒子」ではなく、これにかわって、色(カラー)とよばれる3成分の「電荷」(色電荷=カラーチャージ)をもつ何種類かのクォーク場が、共通に一つのゲージ場(色ゲージ場)と相互作用することによって個々のハドロンが構成されるという考え方が、ゲルマンらにより1970年代の初めに確立された。このゲージ場のことを、クォークや反クォークを「糊(のり)付け」してハドロンをつくる、という役割にちなんでグルーオンとよんでいる。
これより先、弱い相互作用も、ワインバーグ(1967)とサラム(1968)によって明らかにされたように、この相互作用を担う場、すなわち「弱ボソン場」をゲージ場の形式で記述して、これを電磁相互作用と統一することが可能となり、それが「なぜ弱いか」は弱ボソンが大きな質量をもつためであるとして理解される。これに対して、強い相互作用が「なぜ強いか」は、たとえばクォークと反クォーク間に働く力をグルーオンの相互作用から導き出してみると、この両者が遠方に離れるにしたがっていくらでも強くなるという特別な性質をもつことによるとして説明される。これを素粒子の標準模型という。
[牧 二郎]
こうして整理された現代の「素粒子」は、クォークやレプトン(強い相互作用をもたない電子や中性微子など)のようなスピン1/2のフェルミ型粒子と、強・弱‐電磁相互作用を与える幾種類かのゲージ場(いずれもスピン1のボース型粒子)であり、さらに、弱‐電磁相互作用のゲージ不変性の自発的崩壊を引き起こすいくつかのスピン0の粒子(ヒッグスの場とよばれる。ただし、これが「素粒子」かどうかは不明確)の自由度がこれに加えられる。そして、この3種の相互作用がいずれもゲージ不変性(より正確には局所ゲージ不変性)の原理からその型が導かれることから、さらに進んで、この3種をただ1種の相互作用に統一する考え方が提起されている(ジョージHoward Georgi、1947― とグラショーによる。1974)。この理論に従えば、膨張宇宙論による宇宙初期に物質が超高温、超高密度の状態にあったとき、すべての相互作用は単一の様相を示していた。その後、膨張に伴う宇宙の冷却によって真空が相転移を幾度も引き起こして相互作用の分化が行われ、「自由な」クォークやグルーオンはハドロンをつくってそのなかに閉じ込められ、現在われわれの知る物質世界が形成されたと考えるのである。この「大統一」の相互作用は、クォークとレプトンとをともに素粒子とみなしたうえで、これらを「世代」とよばれる標識で分類し、各「世代」のクォークとレプトンとの間に、各世代共通のゲージ場群による相互作用が存在すると仮定する。このような大統一相互作用のなかには、前記3種の相互作用のほか、クォークとレプトンとの相互転化を引き起こす相互作用も現れるため、従来は絶対安定な素粒子であるとみなされてきた陽子すらも、きわめて長時間の寿命(1031年程度)をもって崩壊することが予想される。
[牧 二郎]
前述の大統一理論は、いくつかの正しい面を含んでいると期待され、その実験的検証が待たれているが、同時に多くの未解決の問題を提起している。たとえば、この理論のなかで比較的簡単な模型を選ぶと、陽子の崩壊寿命の上限は1031年程度となるが、今日までの実験ではこの寿命の下限は1032年程度で、陽子崩壊の確かな例はいまだみつかっていない。また、この理論では1019電子ボルト程度の重い磁気単極子が宇宙膨張のきわめて初期に生成されることになるので、その一部は安定な粒子として、ごく微量ではあるがわれわれの周囲の物質中に含まれているであろう。その探索がいくつかの実験グループによって行われたが、まだ確実な例はない。
自然界の基本的相互作用のもっとも古くから知られた例である重力を大統一理論に含めるには、対称性の従来の考え方を拡張して、「超」対称性を導入する、いわゆる「超対称・超重力統一理論」をうまくつくりあげなければならない。他方、クォークやレプトンの「世代」分けの根拠をどこにみいだせばよいかも、現在のところ未解決である。ただし実験的には「世代」の数は3であるとみなされている。あるいはクォークやレプトンも「素」粒子でなく、もっと基本的な要素に還元されねばならないかもしれない。
さらに進んで、現在の場の量子論の理論体系が、「プランクの長さ」(10-33センチメートル)より小さな超微小な時空間まで成立するものか否か。われわれの住む物理的時空が、時間について一次元、空間について三次元であることをどのように理解すればよいか。この数年来、にわかに注目を浴びつつある「超ひも理論(超弦理論)」によれば、物質のもっとも普遍的な単位は、10-33センチメートル程度の広がりをもつ紐(ひも)状のものであり、この超微小な領域に閉じ込められた四次元の時空以外の空間の自由度も、この弦の運動と結び付いているとされる。こうした理論はいまだ直接の実験的根拠を欠いているが、いずれにせよ、物質世界の存在と運動に関するもっとも根底的な問いかけに答えようとするものであり、今後の展開が期待される構想の一つである。
[牧 二郎]
『N・コールダー著、山口嘉夫他訳『宇宙を解く鍵――素粒子論と宇宙論』(1980・みすず書房)』▽『『朝永振一郎著作集8 量子力学的世界像』(1982・みすず書房)』▽『牧二郎・林浩一著『素粒子物理』(1995・丸善)』▽『益川敏英著、パリティ編集委員会・大槻義彦編『いま、もう一つの素粒子論入門』(1998・丸善)』▽『渡辺靖志著『素粒子物理入門――基本概念から最先端まで』(2002・培風館)』▽『小林昭三他著、和田純夫監修『図解雑学 素粒子・クォークのはなし』(2003・ナツメ社)』▽『原康夫著『素粒子物理学』(2003・裳華房)』▽『鈴木眞彦・釜江常好著『素粒子の世界』(岩波新書)』▽『南部陽一郎著『クォーク――素粒子物理はどこまで進んできたか』第2版(講談社・ブルーバックス)』▽『湯川秀樹・片山泰久・福留秀雄著『素粒子』2版(岩波新書)』
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…素粒子の性質やその構造,素粒子間の相互作用などを研究する学問。高いエネルギー領域での研究であることから高エネルギー物理学ともいい,またとくに素粒子物理学の理論部分を素粒子論と呼ぶこともある。 素粒子物理学といってもその内容は時とともに変遷してきた。…
※「素粒子論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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