ある究極目的あるいは価値の実現を目ざし、どこまでも努力していく精神態度をいう。また、人間性の限りない完成可能性を信じ、最高の人格的価値を実現しようとする道徳的志向。あるいは現実の世界をある究極的価値あるいは超越的理念との関係において意義づけようとする考え方・世界観をいう。現実の悪や醜から目を背け、実現不可能な幻想だけを追うものとして、しばしば現実主義によって批判される。しかし、あまりに現状に密着した考え方しかできないものは、未来への広い展望をもたず、目前の諸条件に呪縛(じゅばく)されてしまう危険がある。理想主義と現実主義は、相互にその欠陥を補い合う関係にあると思われる。
古代では、この考えはプラトンによって代表される。彼は感覚に不信を示し、この現世を超越したところに実在を求め、永遠不変なイデアidea(ギリシア語)の世界を考えた。魂は本来イデア界に属すべきものであるのが、肉体と結び付き、いわば牢獄(ろうごく)の中に捕らえられている。その魂を肉体的な汚れから洗い清め、その本来のあり場所に帰すことが哲学の使命であるというのである。プラトンのイデア論に批判的であったアリストテレスは感覚的明証を重んじ、絶えず経験や常識に立ち返って考えることを求めた。プラトンのように超感覚的なイデア界を実在とみなすことはせず、この現実世界そのものが実在的で実体的であると考えた。このようなプラトンの理想主義とアリストテレスの現実主義が対比的に論じられ、すべての哲学はプラトン的かアリストテレス的かどちらかに属するということがしばしばいわれる。
新プラトン主義やその影響を受けた中世の神学についても、理想主義ということばが使われることがある。ルネサンスの人文主義者の一人、トマス・モアの『ユートピア』のなかにプラトンの理想国家の考えの影響を認めることもできる。ただし、プラトンの理想国家は「どこにもない場所」(ウートポス)ではなく、地上のどこかに実現可能な国家として構想されたものであった。ドイツ語のイデアリスムス(理想主義)は観念論とも訳され、たとえば、カントからヘーゲルに至るドイツ理想主義はドイツ観念論ともよばれる。美学上では、写実主義の反対で、芸術の目的は自然の単なる模倣にあるのではなく、むしろ、ありのままでは不完全な自然を理想化して完成させることにあると主張する立場をいう。実際、芸術作品の創造は、なんらかの理想化を条件とすることによってだけ可能となるという考え方はきわめて一般的である。
[伊藤勝彦]
〈理想ideal〉を実現の課題ないし目標とする立場で,現実主義,現在主義に対立する。アイデアリズムともいう。理想は明治10年代以来の訳語であるが,理想主義は大正時代のそれであり,明治40年代には理想論と訳されていた。理念(イデー)も理想もイデアに基づき,範型,典型,完全性の意味をもつが,理念は現実を超えて君臨すればよく,必ずしも実現されて実在性を帯びる必要はない。しかし理想はカントによれば〈個別化された理念〉であり,一般に実現が期待されるか,現実に対する規準として働くかであって,空想から区別される。理想主義は現実に行為する者の意志を導く理想の定立において,現実からの自由と未来への自由とを前提する以上,ディルタイがいうように〈自由の観念論Idealismus der Freiheit〉に属する。理想主義の哲学の典型はフィヒテの倫理的観念論であり,無限なもの,完全なものとの合致を目ざして限りなく進むべきであると説いている。
執筆者:茅野 良男
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…明治10年代,《哲学字彙》では,ideaの訳語に仏教用語の観念を当て,idealismは唯心論と訳したが,idealismを観念論と訳すのは明治10年代の後半,とりわけ30年代からである。この観念という訳語は(1)客観的実在としての形相すなわちイデア,(2)主観的表象としての想念,概念,考えすなわちアイディアないし観念,(3)理性の把握しうる概念すなわちイデーないし理念,(4)現実に対するアイディアルすなわち理想などを包括しており,これに応じて観念論も客観的観念論,主観的観念論,理想主義に大別しうる。西洋では実在論,実念論と比較して観念論は新しい用語であり,17世紀末から18世紀以来の成立である。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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