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写実主義 シャジツシュギ

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デジタル大辞泉の解説

しゃじつ‐しゅぎ【写実主義】

現実をあるがままに再現しようとする芸術上の立場。特に、ロマン主義への反動として、19世紀中ごろにフランスを中心として興った思潮をさす。文学ではフロベール、絵画ではクールベなどが代表的。リアリズム

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百科事典マイペディアの解説

写実主義【しゃじつしゅぎ】

リアリズムrealism(英語)などの訳語。ラテン語のres(物)に由来。哲学では実在論と訳される。ロマン主義への反動として,また実証主義の影響を受けて,19世紀に起こった芸術理論をいう。
→関連項目エーキンズ歌論光風会ゴンクール[兄弟]ジェリコー小説神髄ミレー

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世界大百科事典 第2版の解説

しゃじつしゅぎ【写実主義】

リアリズムrealism(英語),レアリスムréalisme(フランス語)などの訳語として成立し,おもに文学・美術などの分野で使われる用語。リアリズム,レアリスムなどの西欧語は,使用分野や意味に応じてそれぞれに訳し分けられて日本に導入された。原語はラテン語のレアリスrealis(実在の,現実の)から派生した言葉だが,哲学用語としてはふつう〈実在論〉と訳され,概念こそが実在であると主張する中世の哲学説はとくに〈実念論〉とも訳される。

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大辞林 第三版の解説

しゃじつしゅぎ【写実主義】

一般に、現実をありのままに模写・再現しようとする芸術上の傾向。特に、一九世紀中葉ヨーロッパに興った芸術思潮をいう。現実を尊重し、主観による改変・装飾を排して客観的に観察し、その個性的特質をありのままに描き出す傾向または様式。リアリズム。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

写実主義
しゃじつしゅぎ

リアリズム」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

写実主義
しゃじつしゅぎ
ralismeフランス語
realism英語

哲学用語の現実主義(リアリズム)からの転用語で、観念的なもの、想像的なものを嫌い、現実の事実を客観的な態度であるがままに描出しようとする文学上の主張、または様式をいう。この語は、アウエルバハの『ミメーシス』(1946)におけるように広義に用いられ、写実的傾向をもつ文学全般に対し時代を超えて使われもするが、文学史的には、19世紀にヨーロッパを覆った一潮流、厳密には19世紀後半にフランスでもっとも意識的な反ロマン主義運動として開花し全ヨーロッパに広がった文芸主潮を、とくにさしていう。[加藤尚宏]

ヨーロッパでの展開

フランスで写実主義の語が文学・美術の領域で使われだしたのは1830年代のなかばごろからで、そのころには、社会制度の変革とブルジョアジーの台頭、科学の進歩と実証主義の流行などの要因によって、近代写実主義の下地はできあがっていた。ひと足早く近代市民社会を打ち立てたイギリスでは、すでに18世紀にリチャードソン、フィールディング、スウィフトらが写実的小説を生み出していたが、そうした、とりわけリチャードソンの小説から影響を受けたディドロ、J・J・ルソーらがこの新しい様式を導入し、その流れのうえにたって、写実主義小説の二大先駆者スタンダールとバルザックが、冷徹客観的な観察と分析で現実社会の諸相を克明に描き出していた。この流れが、情緒過剰、現実逃避、誇大雄弁なレトリックに堕した自我礼賛のロマン主義を否定し、現実に根ざした客観主義を主張する一流派として確立したのは、ほぼ1850年ごろからである。その理論は絵画畑から出たもので、「存在しないものを見ようとしたり、存在するものを想像で歪(ゆが)めたりはしない」と主張するクールベがその最初の理論家となった。
 クールベの友人シャンフルリーがこの立場を文学に適用し、1856年、一派の機関誌を発刊、さらに同調するデュランチが雑誌『レアリスム』を主宰、実作を示しながらいわゆる「写実主義闘争」とよばれる運動を展開してその擁護と顕揚に努めた結果、レアリスム文学は時代の主流としての地位を占めるに至った。この2人のほか、ミュルジェールやモニエらがやはり社会の現実的側面や民衆の平俗な生活を小説のなかに再現したが、しかし大成功を収めてこの様式の勝利を決定づけたのは、一派に属さず自らレアリストであることを否定したフロベールの『ボバリー夫人』(1857)である。以後フロベールは、作者の主観を徹底的に排除しようとする没個性と無感動性の客観主義、および精緻(せいち)な観察と綿密な資料とでもって日常的現実のうえに、すなわち小説性(ロマネスク)の否定のうえに自律的な一世界を構築しようとするその美学によって、写実主義小説の完成者と目されることになった。観察と資料を土台にするフロベールの一面の科学者的客観主義は、やがて作品を社会の臨床記録として書き綴(つづ)ろうとするゴンクール兄弟に受け継がれ、兄弟の影響が「小説は科学である」と考えるゾラに及ぶに至って、写実主義は自然主義へと変形していった。
 この潮流はすでにその萌芽(ほうが)をみせていたヨーロッパの全土に波及したが、イギリスでは19世紀に入って、社会風俗や庶民生活を客観的に描いたディケンズとサッカレー、さらにジョージ・エリオット、ブロンテ姉妹らが写実主義の傾向を示す。ドイツでは、ハイネをはじめとする「若いドイツ」派の初期写実主義を経、ケラー、シュトルム、マイヤー、フライターク、ヘッベルらによっていわゆる「詩的写実主義」が開花し、最後期の大作家フォンターネが自然主義への掛け橋の役割を果たす。ロシアでは、プーシキンの後を継いだゴーゴリが写実主義小説を、またベリンスキーがその理論を確立し、以後独特の発展をみせながら全盛期を迎える。ゲルツェン、ツルゲーネフらの「自然派」、さらには大トルストイ、またドストエフスキーの心理的リアリズム、そして社会主義リアリズムの創始者ゴーリキーへとつながっていく。イタリアではロマン主義がリソルジメント(国家統一運動)と結び付いていたため写実主義文学の開花が遅れたが、シチリアを舞台にベルガが新しい写実主義手法で書いたことによって、ベリズモ(真実主義――写実主義、自然主義の両方を含む)が誕生した。そのほか、スペインにペレス・ガルドス、ポルトガルにケイロース、オランダにハイエルマンスらの代表的作家がいる。[加藤尚宏]

日本での展開

日本においては、それぞれイギリス、ロシアの文学に学んだ坪内逍遙(しょうよう)および二葉亭四迷(しめい)によって近代写実主義の手法が導入され、二葉亭の『浮雲』(1887~88)はわが国最初の本格的写実小説となった。しかしやがて、比較的正当に移入された初期の写実主義理論は、フランスから入ってきた自然主義の新たな流れに合体し、田山花袋(かたい)の『蒲団(ふとん)』(1907)以後、普遍的真実を描くべき没個性の文学が、作者の個をもっぱら描く対象とする(すなわちリアルなものとは外の現実ではなく、内面の「自我」である)私小説へと変貌(へんぼう)し、日本独特の自然主義を形成するに至った。[加藤尚宏]

美術

美術における写実主義は、現実あるいは自然の外観を尊重し、それをあるがままに模倣、再現しようとする方法、またそのような制作態度を支える思想であり、広義には、抽象に対する具象とほとんど同義語として用いられる。手法的にはギリシア美術や、ルネサンス期から19世紀に至るほとんどの絵画、彫刻における現実再現の手法、いわゆるイリュジョニズムillusionism(錯視的再現の手法)をさす。しかし、これらの場合も、あるときは様式化、理想化、歪曲(わいきょく)、象徴主義の諸方法と対立し、あるときはそれらと融合しているため、厳密な定義は不可能であり、写実主義の用語が用いられるそれぞれの文脈のなかで判断するしかない。一般的には、錯視的に自然の空間や事物の形態や質感、明暗を表現する方法や態度をさす場合と、当然そのような技法を伴うが、日常的現実のなかの風俗や事物を主題とし、とりわけ庶民的な生活にテーマを求める傾向をさす場合とに分類することができよう。
 狭義の写実主義、写実派の用語は、フランスのクールベによって提唱され実践された制作態度、手法、その流派に適用されるが、これは、前述の分類の後者の一つの典型である。1855年、パリ万国博覧会に出品を拒否されたクールベは、会場近くで個展を開き、「写実主義者」を標榜(ひょうぼう)し、そのパンフレットで「自己の属する時代の風俗、観念、社会相を描く」と宣明した。すでにクールベは、彼の周辺にあったカスタニャリとかシャンフルリーといった批評家たちから、文学者たちの新しい傾向を示す用語である写実主義を知り、コローたちと集う酒場を「写実主義の殿堂」と名づけ、1846年には「とりあえず写実主義絵画と名づける旗印」を掲げていた。クールベの写実主義は、主題、テーマ、技法の点でまさに写実主義的であり、ロマン主義や古典主義に対する新しい主張と技法を明らかにしたもので、フランスでよりもむしろ他の諸国で広い影響力をもち、19世紀の主要な潮流となった。また革命後のソ連における社会主義リアリズム、現代美術におけるスーパーリアリズムなども、写実主義の別なあり方とみることができるだろう。[中山公男]
『山川篤著『フランス・レアリスム研究』(1977・駿河台出版社)』

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世界大百科事典内の写実主義の言及

【シャンフルーリ】より

…パリで書店に勤め,1844年より文芸雑誌《ラルティストL’artiste》に批評を書く。46年ころからボードレール,クールベ,ドーミエらと次々に知り合い,互いの影響の下に写実主義の思想を形成し,57年に宣言ともいうべき序文をつけた《写実主義》と題する論文集を発表。彼の主張は,芸術においては〈美〉よりも〈真実〉が優先し,それは理想化されてはならず,また現実社会に密着しなければならないというものだった。…

【小説神髄】より

…従来日本の小説は,戯作(げさく)の名のもとに漢詩文や和歌よりも品格の劣るものと見なされてきたが,これに対し文明社会では,文学の諸ジャンルの中でもっとも進化した形態とされ,芸術として重んじられていた。西洋におけるこうした小説の役割を基準に,日本の小説は改良されなければならないとして提唱されるのが,人情及び世態・風俗の模写,すなわち写実主義の理論である。とりわけ,〈外面(うわべ)に見えざる衷情(したごころ)をあらはに外面(おもて)に見えしむべし〉とあるように,不可視の〈人情〉を心理学に即して視覚化する描写の意義に力点がおかれている。…

【文学】より

…近代科学が社会を大きく変化させるにつれて,人間文化のあらゆる領域がレトリックの制約を脱して,科学をモデルとする傾向を生じた。歴史も文学から科学に移ろうとしつつあるが,文学とくに散文も,科学精神の影響下にリアリズム(写実主義)を基調とするにいたった。それは美よりも真に力点をかける立場である。…

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