翻訳|realism
哲学上のリアリズムrealismの訳語。認識論の考え方で、意識、主観とは独立の客観的存在を認め、それを正しい認識の目的、基準とする立場。観念論と対立するが、普遍概念の実在を認める意味での実在論はかならずしも観念論と対立しない。すなわち、個々の机や三角形の図形などの個物に対して、机一般、三角形一般などの抽象的普遍概念の実在を認める立場も実在論とよばれるときがある。しかし、それは経験的実在としての個物とは異なった、超越的、観念的対象を認める点では観念論的である。そこで、この傾向には、個物以外に普遍の実在を認めない唯名(ゆいめい)論に対立する用語としての「実念論」という名称が適切である。普遍の問題を別にして、実在論には次のような立場と問題が指摘される。
〔1〕素朴実在論 知覚、経験をそのまま実在と考える立場。素朴な形而上(けいじじょう)学的唯物論などにみられる傾向だが、心理的な「錯覚」などに基づく直接所与(しょよ)の主観性、相対性を理由に疑問視されることがまれでない。
〔2〕科学的実在論 色、匂(にお)い、寒暖などの主観的な第二性質の背後に、実在の客観的性質として物理的な延長、固体性、運動などの第一性質を考える傾向(ガッサンディ、ロックら)があり、認識の近代科学による説明と物質の機械観的な考察の進展に応じて有力となった。しかし、経験的対象としては、第一性質が第二性質と同様に主観と相対的なことも明らかであり、延長や運動それ自体は経験からの抽象の所産である。しかも、科学的探究は実在的性質の定義を不断に変化させる。以上の点で、この立場も問題をもつ。
〔3〕カントとそれ以後の立場 そこで、さらにカントは第一性質も含めた経験的認識の全対象を「現象」として、その背後に認識の可能性を超えた「物自体」を想定した。カント以後の多様な実在論の立場は、物自体という問題の概念をめぐって生まれたともいえる。さらに19世紀から20世紀にかけて、ヘーゲルを頂点とするドイツ観念論への反動、批判として、全ヨーロッパに多彩な実在論、実証主義の立場が生じた。カントをいちだんと実在論的に解釈しようとする新カント学派のある者(A・リール、N・ハルトマンら)、唯物論、模写説を主張しながらも、素朴実在論と客観の静的な認識という考えを捨てて、動的な科学的実在論の立場をとる弁証法的唯物論などがその例である。
〔4〕現代英米哲学の実在論 以上のヨーロッパ大陸、とくにドイツを中心とした流れのほかに、英米に有力な現代実在論がある。すなわち、20世紀初頭のケンブリッジ分析学派(ラッセル、ムーア、ウィットゲンシュタインら)は、イギリス・ヘーゲル学派の観念論への批判として台頭し、アメリカの現代実在論とともに新実在論とよばれる。後者は共同論集『新実在論』The New Realism(1912)を刊行したペリー、スポールディングら6人の見地で、彼らはプラグマティズムの真理観も主観的と考え、抽象的対象も含めた広義の客観が意識から独立であることを認め、それと外的関係において認識は成り立つと考えた。以上は一括して批判的実在論ともいわれるが、この名称は、狭くはイギリスのヒックスと、とくに『批判実在論論集』Essays in Critical Realism(1920)を共同研究の成果として刊行した7人のアメリカ哲学者(サンタヤーナ、ラブジョイら)をいう。彼らは主観主義の誤謬(ごびゅう)を指摘するとともに、ペリーらの極端な実在論も批判し、知覚作用、性質複合としての所与、知覚の対象の三者の区別と存在を認める。
プラグマティズムも一種の経験的実在論といえるが、さらにケンブリッジ分析学派の影響を受けた論理実証主義、また同学派のムーアと、後期ウィットゲンシュタインの流れをくむイギリス日常言語学派の傾向は、経験的実在論としてもきわめて重要な論点を宿す。論理実証主義は、実在論と観念論および両者の対立そのものが、言語の用法の混乱から生ずる形而上学的擬似問題と考える。また後期ウィットゲンシュタインは、外的対象の実在の確実性はもはやその証拠の底がつき、正当化を不要、不可能とする生(せい)の根源的形式と考える。また日常言語学派のなかには、哲学用語による非日常的な抽象的概括化を離れれば、経験的対象の実在を認める常識的立場を自然と考える者、オースティンのように「錯覚」による実在論の批判を不当とする見地もある。
前記の傾向の意義としては、以下のような点があげられる。(1)常識哲学の実在論の洗練であり、(2)経験の背後の原理的に非経験的な実在との関係を論ずる、伝統的傾向の根本的難点を排し、(3)概念実在論のように科学的諸性質や法則を実体化せずに、それらを経験から抽象され構成された記号体系と考える。とくにプラグマティズムは、この種の契機を経験理解のための道具、手段とみる柔軟で融通の効く観点をとっている。
[杖下隆英]
原語は〈ものres〉に由来し,〈ものの実際の,真実のすがたrealitas,reality〉を把握しているとする立場。観念論に対立する。訳語は明治初期の実体論,実有論を経て,ほぼ20世紀初頭に実在論として定着。中世の普遍論争において,類や種などのカテゴリーすなわち普遍概念を〈実在的なものrealia〉とみなす実念論(概念実在論)者realen,realistaと,個々の事物の実在性を認め普遍的概念は〈声vox〉〈名nomen〉に過ぎぬとする唯名論(名目論)者nominalenとの対立があり,最初の実在論はこの実念論に当たる。一般には,言葉や観念・想念に依存せず独立に存在する外界の事物の実在性を把握する立場を指す。
最も初歩的な実在論は素朴実在論naive realismであり,われわれが知覚し経験するとおりにものが在り,ものの実在性は知覚し経験するとおりに把握されているとみなす。素朴実在論は,知覚や経験が鏡のようにものの実在性を模写し反映するという素朴な模写説を前提する。しかしものの主観にとっての見え方,現れ方から,ものそれ自身の在り方へと接近しなければならぬ。広義の批判的実在論critical realismは,われわれの知覚し経験したもろもろの像に,たとえば尺度をあてがって測定し計測し,同種のものと比較対照して抽象し捨象するなど,素朴なものの像に修正を加えて間主観的にものの実在性に近接しようとする。実在論の目標がものの実在性の認識であるとすれば,実在性の認識には,ものの側での現れ方とこれを受容し知る主観の側での能力,状態,状況,装置等との共同が必要であり,いくたの試行錯誤を経て,ようやく認識された実在性が真理性を帯びるに至るのである。
真理として認識された実在性は人類の知識に編入され,客観的な知識として間主観的に妥当し伝達されうる新種の〈もの〉となる。広義の実在論は,感覚され知覚されうる外界のものの実在性のみならず,人類が獲得する真なる知識の実在性,したがって観念的・理念的なものの実在性をも許容するのである。なお,井上哲次郎の現象即実在論,西田幾多郎の純粋経験で開始する実在論,高橋里美の体験存在論などを,日本における実在論的哲学として西洋のそれと対比することが課題となろう。
→観念論
執筆者:茅野 良男
インドでは,古来,日常使われる言葉の対象(常識に考えられている世界の諸相)が実在するか否かについて,激しい論争がたたかわされてきた。実在すると主張する側の代表は,ニヤーヤ学派,バイシェーシカ学派,ミーマーンサー学派などである。それによれば,個物はもちろんのこと,普遍とか関係とかも実在することになる。実在するからこそ,われわれは言葉によって意思を他人に伝え,言葉によって考え,行動し,生活することができるというわけである。これに対して,仏教(経量部,ないしその系統をひく論理学派)は,実在するのは刹那(せつな)(瞬間)に消滅する個物のみであり,普遍などは,われわれの分別(ふんべつ)によって捏造された虚妄なもので,たんなる名称,言葉としてあるにすぎないとする。これに類似した説を,ベーダーンタ学派,サーンキヤ学派も唱えている。おおまかにスコラ哲学の用語をあてはめれば,ニヤーヤ学派などが実念(実在)論を,仏教などが唯名論を展開したといえる。
執筆者:宮元 啓一
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唯名論に反対する立場で,実念論ともいう。中世スコラ哲学における普遍論争で「普遍は個物に先立って実在する」という主張。プラトンのイデア論に源流を持ち,キリスト教哲学に採り入れられ,普遍は神における永遠の観念として個物の原型となるとする。カンタベリのアンセルムらをこの主張の代表者とする。別に近世哲学の観念論に反対する立場をもさす。
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…実在論の最初の中世的形態。概念実在論ともいい,普遍的概念の実在性を主張する。類,種,種差などの〈普遍universalia〉は,個物から独立し,〈個物に先立ってante rem〉実在すると説く,広義のプラトン主義的実念論が典型。個物のみ実在すると説く唯名論がこれに対立する。のち,普遍は〈個物においてin re〉のみ実在すると説く,ゆるやかなアリストテレス的実念論が登場した。前者はエリウゲナ,アンセルムス,シャンポーのギヨームらが,後者はラ・ポレのジルベール,ソールズベリーのヨハネス,トマス・アクイナスらが代表。…
…リアリズムrealism(英語),レアリスムréalisme(フランス語)などの訳語として成立し,おもに文学・美術などの分野で使われる用語。リアリズム,レアリスムなどの西欧語は,使用分野や意味に応じてそれぞれに訳し分けられて日本に導入された。…
…リアリズム,レアリスムなどの西欧語は,使用分野や意味に応じてそれぞれに訳し分けられて日本に導入された。原語はラテン語のレアリスrealis(実在の,現実の)から派生した言葉だが,哲学用語としてはふつう〈実在論〉と訳され,概念こそが実在であると主張する中世の哲学説はとくに〈実念論〉とも訳される。さらに,一般には〈現実主義〉といった訳語も用いられるが,文学や美術などの分野では〈写実主義〉という訳語があてられている。…
※「実在論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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