田中一村(読み)たなか いっそん

  • たなかいっそん
  • 田中一村 たなか-いっそん

美術人名辞典の解説

日本画家。栃木県生。父は彫刻家稲村。名は、初号は米邨、のち一村と改める。南画を能くし、東美校に東山魁夷・橋本明治らと同期で入学するが三か月で中退。青龍社展に出品入選をはたすがやがて画壇との交渉を断ち、昭和33年奄美大島に移住南洋の植物や鳥をモティーフに絵を描き続けた。昭和52年(1977)歿、69才。

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百科事典マイペディアの解説

日本画家。栃木県生れ。本名孝。父は仏師田中稲村。1926年東京美術学校に入学するが,結核のため同年退学。画壇より離れて独自の日本画を制作。1958年奄美大島へ移住。熱帯植物を豊かな色彩でダイナミックに描いた。没後1984年テレビの美術番組で特集され,一躍人々に知られるところとなり,その孤独の生涯が舞台化された。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

1908-1977 昭和時代の日本画家。
明治41年7月22日生まれ。昭和22年「白い花」が青竜社展で初入選。翌年川端竜子と意見を異にし,以後画壇をはなれる。33年鹿児島県奄美大島に移住,亜熱帯の自然を神秘的,官能的にえがいた。昭和52年9月11日死去。69歳。栃木県出身。東京美術学校(現東京芸大)中退。本名は孝。別号に米邨。作品に「アダンの木」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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