日本歴史地名大系 「白坏遺跡」の解説
白坏遺跡
しろつきいせき
東西に延びる低丘陵の谷間と谷の出口に形成された小扇状地上にある。昭和六二―六三年(一九八七―八八)大田市教育委員会により発掘調査が実施され、平安時代の木簡二五点が出土したことで注目された。現在出土した遺物は大田市教育委員会が所蔵している。
遺構として旧河川と建物跡が検出された。旧河川は谷の中央を東流している。旧河川内から出土した土器から遺物包含層の最下層は古墳時代後期、その上層が奈良・平安時代になる。古墳時代後期の河川の幅は約五―六メートルで、堆積が進むにつれ幅も広がり奈良・平安時代に幅約一五メートル前後になる。旧河川の北側は攪乱を受けず遺構面がよく残り、河川に面して建物跡三棟が検出されている。SB1は柱穴の径四〇―六〇センチの二間×三間の掘立柱建物跡で、建物内に幅約二〇センチの溝がある。SB2は不規則ながら二間×二間の建物跡で、柱穴の径約四〇―六〇センチ、柱穴の中に柱根が二本残る。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報