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白浜城 しらはまじょう

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日本の城がわかる事典の解説

しらはまじょう【白浜城】

千葉県南房総市(旧安房郡白浜町)にあった中世の山城(やまじろ)。安房里見氏が最初の拠点とした城である。白浜城は野島崎灯台の北約1kmに位置し、房総半島最南端の野島崎を望む標高146m・比高約120mほどの急峻な山上に築かれていた。東西約1km、南北約400mの城域には100を超える大小さまざまな郭、腰曲輪(こしぐるわ)を配した規模の大きな城だった。房総地方の中世の城郭の中で最大級である。築城年代、築城者は不明。里見氏の城となるまでの経緯は、伝承によれば、およそ以下のようなものである。1440年(永享12)の結城合戦で、鎌倉公方足利持氏に仕えていた里見家基は、持氏の遺子を奉じて結城氏朝の結城城(茨城県結城市)に籠城し、幕府と関東管領上杉氏方の大軍と戦った。その翌年、同城の落城とともに家基は討ち死にしたため、嫡子義実は安房に逃れ同地の豪族の安西氏に身を寄せた。義実は主君神余景貞を討って神余郷を奪った山下定兼や丸氏を討伐した功績により、安西景春から白浜城を与えられたといわれてきた。しかし、近年では以下の説が有力になってきている。鎌倉公方足利氏と関東管領上杉氏が対立した享徳の乱(1455~83年)で、安房の上杉氏の勢力を駆逐するため、鎌倉公方により安房に送り込まれたのが義実で、義実が最初に拠った城が白浜城である。その後、義実はこの城を拠点として1445年(文安2)に安房を統一し、新たに長田城(千田城、館山市)を築き居城を移した。義実はその後、新たな居城として稲村城(館山市)の建設に着手するが、白浜城はこれに伴い廃城となった。現在、城跡には曲輪、切通しなどの遺構が残っている。JR内房線館山駅からバスで安房白浜駅下車、徒歩20分。

出典|講談社
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