盛岡天満宮(読み)もりおかてんまんぐう

日本歴史地名大系 「盛岡天満宮」の解説

盛岡天満宮
もりおかてんまんぐう

[現在地名]盛岡市新庄町

国道四号の西の天神てんじん山に位置する。祭神は菅原道真。法人名は天満宮。創建は不詳とされるが、寛永二年(一六二五)まで四ッ家よっや町から花屋はなや町への入口の町裏の土手の上に鎮座寛文(一六六一―七三)の頃にかみ町の中津なかつ川沿いの町裏に遷座。同六年に現在の盛岡八幡宮の地へ遷座したが、延宝七年(一六七九)八幡宮造営のために現在地に移された(盛岡砂子)。境内にあった安楽あんらく(天台宗)別当を勤めていたが、明治初年の神仏分離の際に廃寺となった。神体は太宰府天満宮の別当寺安楽寺の飛び梅で作られた古作と伝える(同書)。境内には延宝四年建立の融通大念仏勧化の名号碑、元禄五年(一六九二)寄進の石灯籠、明和五年(一七六八)建立の芭蕉の句碑、文化元年(一八〇四)建立の芝田湛水(盛岡城下の寺子屋師匠の草分)の筆塚、弘化三年(一八四六)建立の俳人小野素郷の句碑、その他の碑が多く、学問・文芸・書道の神として崇敬を集めている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む