日本大百科全書(ニッポニカ) 「真実らしさ」の意味・わかりやすい解説
真実らしさ
しんじつらしさ
verisimilitude 英語
vraisemblance フランス語
Wahrscheinlichkeit ドイツ語
真実であるという確証はないが、真実の印象を強く与えるものの、そのようなあり方をいう。哲学的な真理論においては、つねに、確実な真理よりも一段下に位置づけられるが、文学論や芸術論においては、むしろ積極的に評価される。その大もとはアリストテレスにあり、『詩学』第9章で詩と歴史を比較して彼は、歴史が起こった事実を語るゆえに個別的であるのに対して、詩はいかにも起こりそうなこと=真実らしいことを語るがゆえに普遍性をもつ、とした。「事実は小説より奇なり」といわれるが、その奇なる事実を退けることによって、虚構世界の信憑(しんぴょう)性を高めようとする立場である。真実らしさは作品の説得力を支える原理にほかならない。ルネサンスから近世にかけての古典主義理論のなかで、事実もしくは真実と可能性や真実らしさを比較してその是非を問う長い論争の果てに、真実らしさが支配的な地位を得たが、その理論的な背景としては、道徳的な教化という機能が重視されていたという事実がある。信憑性の薄い物語から、教訓をくむことはありえないと考えられたのである。
真実らしさの理論的重要性を確立した論者としては、17世紀フランスの作家兼批評家ドービニャックがあげられる。真実らしさは、適合(ラテン語ではdecorum、フランス語ではbienséance)とあわせて、古典主義理論の中核を担ったが、それ自体で十分な有効性をもつ原理とはいえない。なぜなら、それは信憑性の薄い物語を排除する役にはたっても、真実らしいというだけで作品が感銘を与えうるとは限らないからである。そこで、18世紀末になると、ゲーテにおいて、ふたたび真実が、ただし今度は単なる事実よりは深められた意味で、真実らしさに対置され、より重視されるようになる。そして理論の重点は、19世紀ドイツ美学において、真実らしさから美的真理へと移されていった。
[佐々木健一]