眼蔵寺・胎蔵寺(読み)げんぞうじ・たいぞうじ

日本歴史地名大系 「眼蔵寺・胎蔵寺」の解説

眼蔵寺・胎蔵寺
げんぞうじ・たいぞうじ

[現在地名]長柄町長柄山

長柄山ながらやま集落の北にある。臨済宗妙心寺派で、本尊釈迦如来。北上総地蔵巡礼第一番といわれ(房総志料続編)、長柄山眼蔵寺と号する。初め胎蔵寺で、のち眼蔵寺とする。寺伝によれば長和二年(一〇一三)創建で、百済国沙門戒乗を招いて開基とし、鳴滝寺と号した。初め律宗で、寛元期(一二四三―四七)に千葉秀胤が祖父の冥福を祈るため七堂伽藍を建立。また鎌倉期には北条時頼により鼓楼造営がなされ、室町期には足利義教利生塔を建立したという(仮名縁起)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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