石井与次兵衛(読み)いしい よじべえ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石井与次兵衛」の解説

石井与次兵衛 いしい-よじべえ

1527-1592 戦国-織豊時代の武将
大永(たいえい)7年生まれ。播磨(はりま)(兵庫県)明石(あかし)を根拠にした海賊衆で,明石与次兵衛ともいう。豊臣秀吉の水軍の将となり,四国攻め,九州攻め,小田原攻めに活躍。天正(てんしょう)20年7月大政所(おおまんどころ)(天瑞院)危篤の知らせで秀吉を肥前名護屋(佐賀県)から京都へおくる途上,関門海峡で船が座礁,責任をとって自殺した。66歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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