宗教改革に伴って出現した多様な急進派の中で,幼児洗礼を否定し成人洗礼を行ったいくつかの教派。再洗礼派の呼称は,成人洗礼を行うことに対し,反対派が用いた蔑称で,1度しか行ってはならない洗礼を2度行った者という意味で,アナバプティストAnabaptistとも呼ばれる。これらの教派は,強烈な反教権的反体制的志向にもとづく成人洗礼の実施という点で共通性をもつだけで,それぞれ発生場所,教義,組織・運動形態を異にし,影響し合うこともあったが,むしろ対立することが多かった。以下主要な教派を中心に取り上げる。
(1)スイス兄弟団 スイスのチューリヒで行われたツウィングリの宗教改革の過程で出現した。指導者のK.グレーベル,マンツFelix Mantz(1480ころ-1527)たちは最初はツウィングリの熱心な弟子であったが,市参事会とつねに協調しその支持なしには宗教改革を進めようとしないツウィングリに幻滅して彼と決別し,再洗礼派を形成した。この派の信条の表明がザトラーMichael Sattler(1490ころ-1527)の起草になる〈シュライトハイム信仰告白〉で,宣誓,公職就任,兵役,暴力行使を拒否する徹底した平和主義と世俗社会からの決定的な分離とを特徴としている。ただしこの方向が出るのは,ツウィングリと市参事会がこの派にきびしい弾圧を行い始めた1525年からで,それ以前はこの派のメンバーもそのほとんどは,B.フープマイヤーのように,国家教会的な宗教改革を意図し,またある者はドイツ農民戦争と接触して暴力行使を肯定していた。この派は烈しい迫害と組織上の欠陥とのために長く存続することができなかった。
(2)H.フートを創始者とする教派 ドイツ農民戦争で敗れた民衆の絶望的な心理状態を土壌としたフートの熱烈な伝道によって,中部ドイツ,南ドイツ,オーストリア,モラビアに広がった。フートを介してミュンツァーの神秘主義思想と急進的な終末論をひきついだこの派は,スイス兄弟団とはまったく異質で,フートが予言した終末が実現しなかったために,その一部は解体し他は変質した。
(3)フーター派 ヨーロッパの各地でプロテスタント当局からもカトリック当局からもきびしく迫害された再洗礼派の多くはモラビアへ避難し,ここで一時的ではあるが安全を保障された。そのためここには,フープマイヤー系,フート系,スイス兄弟団系等各種の再洗礼教派が集まり,互いに対立しまた影響し合い,その中からさらに新しい派が生まれた。チロル出身のフーターJakob Huter(フッターHutterとも。?-1536)を指導者とするフーター派もその一つである。この派は思想的には折衷的でフート的要素もスイス兄弟団的要素ももっていたが,財産の共有を基盤とした共同生活を営み,平和主義に徹して,この地の他の教派がすべてとだえた後も存続し,その後裔は今日も北アメリカにフーター派兄弟団として存在している。
(4)メルヒオル・ホフマンMelchior Hoffman(1500以前-1543)に始まるメルヒオル派 ホフマンは,間近い終末,それに先立つ帝国都市当局による背信者の根絶,その後に立てられる神の国の黙示録的預言によって,ストラスブールを拠点として絶大な影響力を北ヨーロッパ特に東フリースラントとネーデルラントで発揮した。ミュンスター再洗礼派王国もこの派の影響を強く受けている。
(5)メノー派 メノー・シモンスは,ミュンスター再洗礼派王国の壊滅の後,分散し混乱したメルヒオル派を強力な指導によってまとめ,この派を平和主義的,分離派的路線に導いた。これがメノー派で,この派はフーター派とともに今日まで存続している例外的な再洗礼教派である。この派はスイス兄弟団といくつかの共通性をもっているが,スイス兄弟団の直接の後継者ではない。
執筆者:田中 真造
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プロテスタントの一派。ギリシア語anabaptizo(再洗礼する)に由来し、アナバプティストともいう。スイスの宗教改革者ツウィングリの指導のもとにチューリヒ宗教改革が進展するにつれて、ツウィングリの信奉者の一部に、改革の不徹底さを問題とし、より根元的な変革を求める者たちが現れた。K・グレーベルKonrad Grebel(1498ころ―1526)やF・マンツFelix Mantz(1480ころ―1527)らであるが、彼らは、福音(ふくいん)主義教会が依然として俗権の保護のもとにあるのは、宗教改革原理と矛盾すると主張し、自発的信仰に基づく少数者の教会の再現をもって改革の徹底と考えた。彼らは不徹底さの象徴を幼児洗礼にみいだし、その廃止と自覚的信仰告白による成人洗礼を提唱・実施した(1525)。チューリヒ当局は、再洗礼を禁ずる古いローマ帝国法を根拠として極刑をもって臨んだ。
福音主義改革をもって不十分とし、その徹底化を求める動きは同時に各地で生起した。それは、教会に対する国家権力の介入に強く反発し、しばしば社会的にも急進的な運動を起こすなどさまざまの形をとったが、ドイツ、スイス、オーストリアなどで弾圧を被り、最後に1534~35年のミュンスターの乱(再洗礼派が拠点としたドイツ西部の司教都市ミュンスターで起きた反乱)で爆発し、惨劇をもって終わった。以後、再洗礼派の名は反体制暴力革命と結び付けられてきたが、最近になって彼らが一般的には聖書の教説を忠実に再現しようとした真摯(しんし)な人々であったとの評価が下されるようになった。今日のメノナイトは直接の子孫である。
[出村 彰]
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1524年頃スイスから起こり,約10年間にわたって,ドイツ各地に広がったプロテスタント的・大衆的な教派。ルター主義から出発しつつも,聖霊による神秘的な召命体験に信仰の基準を求める点で聖書中心主義から離れ,また事実上「聖化」された者のみよりなる共同体としての教会の理念において,ルターの信仰義認論と対立する。その帰結たる「再洗礼」の要求は領邦権力との提携によるルター派教会の制度的・教義的な確立への批判となったため,ドイツ農民戦争におけるミュンツァーの運動をはじめ,この傾向に属する改革運動は至るところで官憲の弾圧を受けた。
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… ツウィングリの改革運動も,信徒の共同体たる教会と市民共同体としての都市の権力を結合した点で,一種の領域主義を追求するものであったから,これに不満な人々は,純粋な聖徒共同体の理念を掲げて,幼児洗礼を否認し,当局の弾圧でスイスを追われた。これが再洗礼派というセクトのおこりである。あたかもドイツ農民戦争の時期に,再洗礼派はドイツに入り込み,農民や小市民が主たる担い手となってネーデルラントなどにも広がったが,ルター派は,この運動を〈狂信派〉の急進主義と同一視し,きびしい迫害を加えた。…
…ドイツの再洗礼派の指導者の一人で,影響は南部・中部ドイツ,オーストリアに及ぶ。フランケンの小村に生まれ,書籍行商を主職とする。…
…中世では瞑想的な修道生活とほとんど等置されていた〈禁欲〉が,今や勤労生活の良心的な自己規制そのものへと拡大解釈され,M.ウェーバーが《プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神》などの著作で指摘するごとく,信仰に基礎づけられた一種の合理主義的エートスを発展させることとなる。再洗礼派をはじめとするプロテスタントの諸分派の中でも,このような禁欲主義は強調され,世俗労働の成果を通じてまことの信仰を確証しつつ,生活全体の〈聖化〉を目ざす努力がみられた。このように,プロテスタンティズムは,西欧キリスト教会における職業労働の積極的評価をうながし,経済社会の意味における近代的な市民社会の形成に,生活意識の面で,大いに貢献するところがあったのである。…
…市参事会は〈エルプメナーErbmänner〉と称する都市貴族が独占していたが,14世紀から形成された手工業諸ギルドは15世紀初頭,ゲマインデ代表機関たる全ギルド会議を結成,1430年市参事会に対し共同統治権を獲得,15世紀中葉二つのフェーデを通じて力を増し,ギルドの名士たち(ホノラツィオーレンHonoratioren)が市参事会の席を多数占めるようになる。再洗礼派王国(1534‐35)後,市は自治権を奪われ,全ギルド会議を解体されるが,やがて復活,三十年戦争中あまり被害を受けず,ウェストファリア講和会議の場の一つとなる。しかし司教クリストフは市の自立強化を恐れ,1661年長い包囲後降伏させ,市の諸特権を奪い経済的没落に導く。…
…北ドイツの都市ミュンスターにおいて,都市宗教改革運動の一環として展開された運動。1533年初頭,司教から宗教改革公認を獲得するが,説教師ロートマンBernhard Rothmann(1495ころ‐?)の指導下で激化し,34年2月再洗礼派が合法的に市権力を掌握する。他方,ネーデルラントで迫害されていたメルヒオル派再洗礼派はミュンスターを新エルサレムとみなし大挙流入してきた。…
※「再洗礼派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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