石橋和義(読み)いしばしかずよし

改訂新版 世界大百科事典 「石橋和義」の意味・わかりやすい解説

石橋和義 (いしばしかずよし)

南北朝時代の武将生没年不詳。初名氏義。左近将監,三河守,左衛門佐。法名心勝。足利家氏の曾孫足利尊氏挙兵に従い,1336年(延元1・建武3)備前に分遣された。伯耆備後,若狭守護を歴任するとともに,引付頭人,評定衆として幕政参与。62年(正平17・貞治1)斯波高経と対立して失脚するが,70年(建徳1・応安3)までに奥州に下り,陸奥国大将の嫡子棟義を後見して81年(弘和1・永徳1)ころまで活動した。
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石橋和義」の解説

石橋和義 いしばし-かずよし

?-? 南北朝時代の武将。
一族足利尊氏の後醍醐(ごだいご)天皇に対する挙兵に応じ,尊氏の西への敗走に際して備前(岡山県)三石(みついし)城で新田義貞らの追撃にそなえる。観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)では足利直義(ただよし)にくみするが,のち尊氏に帰順文和(ぶんな)2=正平(しょうへい)8年(1353)赤松則祐(のりすけ)とともに南朝方に占拠された京都を奪回した。のち若狭(わかさ)の守護。初名は氏義。号は尾張三郎。

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