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石谿 せっけいShi-xi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

石谿
せっけい
Shi-xi

中国,明末,清初の画家。武陵 (湖南省常徳県) の人。俗姓は劉,僧名はこん残,号は石谿,菴住道人など。明末の社会的混乱を避けて 40歳近くでみずから剃髪して出家し,諸方の山野を歩いた。のち南京の報恩寺棲霞寺,天竜書院などに住み,晩年は牛首山幽棲寺の住持となる。いわゆる明遺民画家の一人。山水画をよくし呉派の正統的画風によりながら,ややあらい筆墨を用いて個性的な画風をつくり上げた。石濤とあわせて「二石」と称された。代表作は『報恩寺図』 (1663,泉屋博古館) 。

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百科事典マイペディアの解説

石谿【せきけい】

中国,清代初期の画僧。武陵(湖南省)の人。俗姓は劉,出家して【こん】残(こんざん)と称し,石谿は字あるいは号。諸山を歴訪して修業後,南京の牛首寺に住した。その画は,山水を細密に技巧的に描いたもので,黄公望の影響が著しい。

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世界大百科事典 第2版の解説

せきけい【石谿 Shí xī】

1612‐74
中国,明末・清初の僧,画家。僧名の髡残(こんざん)でも呼ばれる。号は石道人,残道人,介邱(かいきゆう),白禿(はくとく)など。俗姓は劉氏。幼少のとき父母を失い,諸地方を遍歴し,40歳ころに金陵(南京)報恩寺の覚浪に参禅し,牛首山(ごしゆせん)幽棲寺の住持となった。明遺民として限られた友人の周亮工や程正揆が石谿伝を記している。画作は康熙初年(1660年代)に多く集中しており,乾筆擦皴(さつしゆん)による山水図は,当時から〈元人(げんびと)の勝概を得た〉と評された。

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