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礼堂 らいどう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

礼堂
らいどう

仏堂において本尊を安置する正堂の前に建てられる礼拝のための堂。東大寺法華堂では礼堂が別棟であり,この形式を双堂 (ならびどう) 形式と呼ぶ。中世密教本堂では正堂の前面のひさしを広げ,礼堂を付加し下陣とする形式となった。

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デジタル大辞泉の解説

らい‐どう〔‐ダウ〕【礼堂】

寺院で、本堂または祠堂(しどう)の前に設けた礼拝・読経のための堂。

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世界大百科事典内の礼堂の言及

【日本建築】より

… 奈良時代の寺院は平地に建てられるのがふつうであったが,平安時代には密教が伝わって,比叡山延暦寺や高野山金剛峯寺のように山地に建てられるものが多くなる。新しい塔婆(とうば)形式として多宝塔が伝えられ,堂の前面に礼堂(らいどう)を設けるものが多くなった。礼堂は初めは本堂と別棟として建てられたが,しだいに一つの屋根でおおわれるようになり,堂の奥行きが深くなって,密教仏堂特有の暗い内陣を生んだ。…

【平安時代美術】より

…これら新寺は京内の寺院造立制限によって京の東郊,西郊に立地していた。 818年(弘仁9)の焼失によって再建された広隆寺は9世紀末の〈実検帳〉によると,金堂は檜皮(ひわだ)葺き五間四面前庇(まえびさし)付きの建築であったが,同じ類型が講堂にも見いだされ,また,同寺別院の仏堂は檜皮葺き五間四面堂で前礼堂(らいどう)を付属していた。931年(承平1)の《神護寺実録帳》によれば,根本堂は檜皮葺き三間四面堂で五間礼堂を付属し,この堂を中心に一重檜皮葺き宝塔,両界曼荼羅を本尊にまつる六間二面檜皮葺き根本真言堂,三間四面檜皮葺き五仏堂,五間檜皮葺き五大堂などが伽藍を構成していた。…

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