神伝流(読み)シンデンリュウ

デジタル大辞泉 「神伝流」の意味・読み・例文・類語

しんでん‐りゅう〔‐リウ〕【神伝流】

日本泳法流派の一。貴田孫兵衛統治が流祖といわれ、瀬戸内海で発達した。あおり足基本とし、遠泳に適する。

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精選版 日本国語大辞典 「神伝流」の意味・読み・例文・類語

しんでん‐りゅう‥リウ【神伝流】

  1. 〘 名詞 〙 日本泳法の一流派。加藤清正の臣、貴田孫兵衛統治を流祖とし、伊予国愛媛県大洲藩士加藤主馬光尚に伝えられ、美作国岡山県津山藩士植原六郎左衛門正方が広めた。あおり足を基本とし、真・行・草の三体の泳法があり、遠泳に適する。皇朝神征水軍練法ともいう。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「神伝流」の意味・わかりやすい解説

神伝流
しんでんりゅう

現存する日本泳法の一流派。皇朝神征水軍練法ともいう。流名は「天神流にして万法の宗源なり」から出ている。1617年(元和3)に加藤貞泰(さだやす)が伊予(愛媛県)大洲(おおず)に封ぜられてから、重臣加藤主馬光尚(しゅめみつなお)が柳の葉の流れるのを見て一流を創設し、大洲藩士に伝習させた。これが神伝主馬流である。1797年(寛政9)に神伝主馬流の家元松山(愛媛県)に移り、神伝流と称するようになった。1848年(嘉永1)津山藩(岡山県)藩士植原六郎左衛門正方は宗家より印可免状を受け津山に水練場を開設した。神伝流の伝書には『神伝流游書』がある。泳法は扇足(あおりあし)を主体とし、基本泳法は真(しん)・行(ぎょう)・草(そう)の游方(およぎかた)であり、そのほかに5種の伸などがある。

[笹島恒輔]

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世界大百科事典(旧版)内の神伝流の言及

【水泳】より

…立体の巻足を基礎とし,踏水術とも呼ばれる。(8)神伝流 伊予(愛媛県)大洲藩で江戸初期に始められた。のち伊予松山藩,作州津山藩にも受けつがれたため,創始者加藤主馬光尚らの系統は〈神伝主馬(しゆめ)流〉と呼んで区別する。…

※「神伝流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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