遠距離水泳のこと。とくに競泳規則はなく、個人・団体を問わないが、日本では団体編成で泳ぐ行事が多い。記録としては、日本泳法の観海流に1856年(安政3)「伊勢(いせ)湾横断大渡り」が残されている。明治以降は東京隅田(すみだ)川、千葉県館山(たてやま)海岸、関西地方などで行われた。とくに大阪の浜寺水練学校では古くから遠泳の伝統があった。第二次世界大戦中、水泳が学校教育に取り入れられ、陸海軍が実用泳法を研究するようになって、遠泳は最盛期を迎えた。
当時一般に行われた遠泳は、泳者の体力、泳法の巧拙によって距離を区別し、帽子の色・線でクラスを分けた。リーダーは事前に予定水路の潮流、水温、フカ(サメ)など害魚の危険を綿密に調査する。泳者の編成は、害魚の危険防止のため太鼓をたたきながら泳ぐリーダーを先頭とし、弱い泳者から2列に並び、中央に指導者級を置く。周りを船で護衛し、救護、警戒、指導にあたる。途中、氷砂糖なども配給する。この方法は、伝統的な古式沖渡り(観海流)で、泳者に自信を与えるのに有効な集団泳法として、学校体育の一環として採用された。現在でも遠泳はいろいろな形で行われるが、夏季水泳講習の納会などで、水泳の実力の進歩を試す意味で催されることが多い。
日本で初めて遠泳競技が行われたのは1905年(明治38)大阪・天保山(現在の築港)から摂津海岸(西宮(にしのみや)、芦屋(あしや)、住吉)沖を通って御影(みかげ)黒崎までの10マイル遠泳。女子では1908年東京・隅田川河口の新大橋―千住大橋の5マイル遠泳に、番外で3人が参加したのが初めてである。
長時間泳ぐため、手を水面上に出すと疲れが早く出るとして禁止され、平泳ぎ、のし泳ぎ(日本泳法の一つで横泳ぎをさす)が主だったが、その後、距離よりも時間(スピード)を重視するようになり、熱海(あたみ)―初島間をクロールで泳いだグループもあった。また、中島正一(東京)は、1967年(昭和42)津軽海峡、71年ポーク海峡(スリランカ―インド)、72年朝鮮海峡(対馬(つしま)―釜山(ふざん))、74年マラッカ海峡(スマトラ―マレーシア)をいずれも世界で初めて泳破した。
外国では、イギリスの詩人バイロンが1810年、ギリシア伝説に伝えられるヘレスポントス(ダーダネルス)海峡の横断を試み成功している。有名なのはイギリスのドーバーとフランスのカレーを結ぶ約33キロメートルのドーバー海峡横断で、1875年イギリスのマシュー・ウェッブMatthew Webbが21時間45分の所要時間で初めて成功。女性初横断はフランスのカレー側からスタートしたアメリカのガードルード・エダールGertrude Ederleで14時間31分。現在は年中行事化され、時間短縮に毎年男女の有志が挑戦している。
[石井恒男]
ドーバー海峡横断について、日本人では1982年7月31日に、大貫映子が9時間32分で横断したのが初の公式記録となった。
[編集部]
自力で遠距離を泳ぐこと。1810年にイギリスの詩人バイロンが,ギリシア神話に出てくるヘロとレアンドロスの伝説にある遠泳は可能とみて,ヘレスポントス(ダーダネルス)海峡を泳ぎ渡った話は有名である。世界的に著名な遠泳は,ドーバー海峡の横断で,イギリス側のドーバーとフランス側のグリ・ネ岬の間,最短距離で約34kmを泳ぐ。ふつう単に海峡水泳channel swimmingの名で知られ,75年8月イギリスのM.ウェッブが21時間45分で泳ぎ切って以来,毎年世界各国のチャネル・スイマーが横断に挑戦し,年中行事化されている。女性では,1926年にアメリカのエダールG.Ederleが,14時間34分で初めて横断に成功。日本人では,70年に中島正一が最初の成功者となったが,ウェットスーツ着用のため海峡横断協会(CSA)から公認されず,82年大貫映子が9時間32分で完泳に成功し,日本人として初の公認横断者となった。水泳が武術の一つとして発達した日本では,遠泳は通常,組織的に隊列を組み,海,湖,沼などで遠距離を泳ぐ行事であった。古くから日本泳法の各流派において遠潮(えんちよう)(神伝流),遠遊(とおおよぎ)(神伝流,河井流など),長泳(ながおよぎ)(能島流)などといって遠距離水泳が行われたようであるが,正確な記録はない。1856年(安政3)の伊勢湾横断大渡りが文献に記録されている。明治以降,水泳が学校体育にとり入れられ,各学校の合宿所が海浜につくられたり,また陸軍や海軍が実用的な泳法を研究するようになってから盛んとなり,現在でもさまざまな形で行われている。
執筆者:石井 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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