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神崎与五郎 かんざき よごろう

美術人名辞典の解説

神崎与五郎

江戸前・中期の武士。赤穂四十七士の一人。美作生。名は則休、号は耕牛舎・竹平。神崎半右衛門光則の子。津山藩に仕えたのち、赤穂藩主浅野長矩に仕え、横目付となる。長矩の刀傷後、美作屋善兵衛変名し、吉良家の偵察にあたる。和歌・俳句を能くし、桑岡貞佐門人宝井其角とも親しかった。著書に『那波十景』『絶纓自解』がある。元禄16年(1703)歿、38才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

神崎与五郎 かんざき-よごろう

1666-1703 江戸時代前期の武士。
寛文6年生まれ。赤穂(あこう)四十七士のひとり。藩主浅野長矩(ながのり)の刃傷(にんじょう)で主家は断絶。以後,大石良雄にしたがい,商人をよそおって吉良邸偵察の任にあたった。討ち入り後,元禄(げんろく)16年2月4日切腹。38歳。名は則休(のりやす)。俳号は竹平。変名は小豆屋(美作屋)善兵衛。

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大辞林 第三版の解説

かんざきよごろう【神崎与五郎】

1666~1703) 赤穂浪士の一人。名は則休。美作みまさかの人。横目付として仕え、最初に江戸に下って討ち入りに備えた。芝居などでは千崎弥五郎とする。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

神崎与五郎
かんざきよごろう

[生]寛文6(1666)
[没]元禄16(1703)
江戸時代中期の赤穂義士の一人。名は則休。徒士横目,5両3人扶持。毛利藩邸で切腹。 (→赤穂事件 )

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