内科学 第10版 「神経伝導検査」の解説
神経伝導検査(電気生理学的検査)
末梢神経障害診断のゴールドスタンダードとされる検査である.末梢神経に電気刺激を与え,誘発された複合神経電位や誘発筋電位の振幅,波形変化,伝導速度から,①脱髄性/軸索性障害の鑑別,②神経線維脱落程度,③潜在性病変を調べることができる.また,④無症状患者における末梢神経障害の有無を知る目的でも施行される.
a.検査方法
運動NCSと感覚NCSの2種がある.上肢NCSは正中神経と尺骨神経で,下肢運動NCSは腓骨神経と脛骨神経で,感覚NCSは腓腹神経で行われることが多い.必要に応じ,多くの末梢神経に応用可能である.
1)運動神経伝導検査(motor NCS):
a)M波による検査:神経幹に電気刺激を与え,支配筋から誘発筋電位(compound motor action potential)(M波)を記録する.M波はMUPの総和である.正中神経-短母指外転筋,尺骨神経-小指外転筋,脛骨神経-母趾外転筋,腓骨神経-短趾伸筋の組み合わせで施行される.検査神経内を走るすべての運動線維を興奮させる電気刺激(最大上刺激)を用い,M波振幅(amplitude)と潜時(latency)(刺激からM波の振れ始めまでの時間)を計測する.近位部(脊髄に近い部位)と遠位部(筋に近い部位)の2部位刺激で得たM波の潜時差(msec)で刺激点間距離(mm)を割れば,運動神経伝導速度(motor nerve conduction velocity:MCV)(m/sec)が得られる(図15-4-8).一般に,上肢MCVは肘手首間,下肢MCVは膝足首間で測定される.遠位部刺激による潜時は遠位潜時として最遠位部伝導の指標になる.
b)F波検査:神経幹に最大上刺激を与えると,運動神経線維に脊髄に向かう逆行性インパルスを生じ,神経根を経て運動ニューロンに至る.そこで反転した下行性インパルスが運動神経を経て筋電位を生じたものがF波である.F波は末梢神経系全長を伝導するので,いかなる部位の病変をも反映する.ただ,1回の電気刺激に対し一部のα運動ニューロンしか反応しないので,多数F波の観察には十数回~20回の刺激に対する記録が必要である.指標としてF波最短潜時(minimal F-latency)が重視される.また,α運動ニューロンの興奮に要する約1 msecを差し引くと,(F波潜時-M波潜時-1)÷2の式で刺激点・脊髄間伝導時間(msec)が求められる.刺激点と脊髄間の距離(mm)を測定すれば,F波伝導速度(F conduction velocity:FCV)(m/sec)を求めることもできる.
2)感覚神経伝導検査(sensory NCS):
感覚電位(sensory nerve action potential:SNAP)を導出する検査である.手指などの遠位部電気刺激により近位側でSNAPを記録する順行性測定法と,近位部刺激で遠位部から記録する逆行性測定法がある.刺激点・導出点間距離(mm)をSNAP潜時(msec)で割れば感覚神経伝導速度(sensory nerve conduction velocity:SCV)(m/sec)が得られる.上肢では肘や手根部と手指間で,下肢腓腹神経では外顆後縁部とその13~15 cm近位のアキレス腱外縁部で測定する.
NCSのさまざまなパラメータの正常値概要を表15-4-10に示す.
b.異常所見とその意義
末梢神経障害は組織学的に軸索変性(axonal degeneration)と脱髄(demyelination)とに大別される.軸索変性が高度なほど回復が限定的となり,脱髄のみの場合は治療効果が期待される場合が多い.脱髄と軸索変性の診断は,以下のNCSパラメータを総合して行う.
1)M波振幅低下:
伝導可能な神経線維数の減少による所見.軸索変性による場合が多く,遠位刺激・近位刺激とも同程度に振幅が低下する(図15-4-9上).一方,脱髄の場合も伝導ブロック(conduction block)による伝導線維数減少のために振幅が低下するが,脱髄部を挟まないと振幅低下がみられないことで軸索変性と区別される(図15-4-9下).一般に,上肢では肘刺激M波振幅が手首刺激M波の80%以下であれば伝導ブロックが疑われ,50%以下であれば伝導ブロック確実と判定される.また,脱髄では一部線維の伝導速度低下に由来する時間的分散(temporal dispersion)によってM波持続時間が延長する.
2)SNAP振幅低下:
M波振幅低下と同様に,軸索変性による伝導軸索数減少の場合が一般的である.しかし,個々の感覚線維電位は著しく短持続時間であるため,脱髄による時間的分散でも振幅低下が高度になる.感覚低下がないのに感覚電位記録不能となるのは陳旧性脱髄病変の特徴である.
3)伝導速度低下,遠位潜時延長:
有髄線維の伝導速度低下を生じる最も重要な形態学的因子は髄鞘厚の減少である.したがって,正常下限値の−20%をこす速度低下(潜時延長)は脱髄の所見と判定される.軸索変性による軸索径減少では,速度系因子の変化は正常限界値から20%以内である.
4)M波・SNAPの持続時間延長,多相化:
複合電位の持続時間延長は伝導遅延線維混入を示す所見で,多相性電位になる場合が多い.
5)F波最短潜時延長,F波出現頻度低下:
最短潜時F波は最大伝導速度線維に由来する.したがって,最短潜時延長は伝導遅延の指標である.遠位部M波伝導が正常であれば,神経根や腕神経叢など末梢神経近位部での異常が強く疑われる.また,F波出現頻度低下は神経根での伝導ブロックや前角運動ニューロン病変を疑う根拠になる.[馬場正之]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報