精神疾患の治療に使われる抗うつ薬や抗不安薬、睡眠薬などの総称。中枢神経に作用し、精神機能に影響を及ぼす。乱用の危険性があるため、麻薬取締法の対象。過剰に服用すると、幻覚や錯乱などの症状が現れ、死亡するケースもある。インターネットを通じた不正転売が社会問題となっている。
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脳に作用する薬は麻酔薬,解熱鎮痛薬,抗痙攣(けいれん)薬などたくさんあるが,選択的に精神状態に影響を与える薬全体を向精神薬という。したがって,精神病を治す薬はもちろん,精神異常を起こさせるものまでをも含む。
精神病を薬で治したという最も古い記録はギリシア神話にみられる。プロイトスProitosの娘たちが女神ヘラの怒りにふれて精神異常になったとき,予言者メランプスがヘリボリと称する薬を飲ませ,アルカディアの泉で水浴びさせてこれを治した,という。これは抗精神病薬というよりも下剤の一種であり,暗示効果をねらったのであろう。ホメロスの《オデュッセイア》には次のような物語がある。〈オデュッセウスの子テレマコスは,トロイアの攻城と自国の不幸を話したところ,同国人が悲しんで皆泣きだした。そこでゼウスの娘ヘレネは香油の一種であるネペンテスを彼らの盃についでやった。これを飲むと,たとえ目の前で肉親が殺されても悲しまない。香油を名産とするエジプトで生まれたポリュダムナPolydamnaがこれをヘレネに与えたのだった〉。これが精神状態を抗不安薬で良くした最古の記録である。このほかにアヘンとブドウ酒が有効だと古くから信じられてきた。アヘンは前4000年にすでに採集され,ヒッポクラテスもこれを使ったという。T.シデナムはアヘンチンキをうつ病の治療に使った。古代ギリシアではユリ科のバイケイソウをうつ病の治療に用いた。エジプト人はナス科のベラドンナ(アトロピンとヒヨスチアミンを含む)を睡眠薬として使い,フェニキア人はうつ病者に与えた。B.ハウゼは1918年にスコポラミンとモルヒネを併せて自白剤とした。スコポラミンとクロラローゼが自白剤に使われたこともある。G.コベルトが1887年にスコポラミンの鎮静作用を発見して以来,1952年までスコポラミンが臭化カリとともに鎮静薬として長く愛用された。大麻(マリファナ,ハシーシュ)も約3000年前から世界中で使われ,宗教ことにイスラム教で利用された。イスマーイール派の一派ニザール派はアサッシンの異名で知られるが,彼らは大麻(ハシーシュ)をのんで勇気づけをしてから暗殺に出かけたといい,マルコ・ポーロもこの話を伝えている。同様な目的に北欧の海賊たちは毒キノコを食べ,野獣のように勇猛になったという。キノコで神がかり状態になるのをメキシコのインディオは宗教儀式に利用した。ペヨーテも同じ目的に使われた。19世紀になって多くの薬がつくられ,1850年に臭素が性欲を抑えること,翌年にはその抗てんかん作用が発見された。69年に抱水クロラールが睡眠薬に使われ,1903年にはバルビタールも合成された。しかし,実際に精神治療薬が現れたのは第2次大戦後である。49年にオーストラリアのケイドがリチウムの抗躁(そう)病作用をみつけた。52年には抗ヒスタミン薬と抗マラリア薬との交点にあったクロルプロマジンと,インドの民間療法から発見されたレセルピンとがつくられ,劇的な抗精神病作用をもつことがわかった。筋弛緩薬,メフェネシンの誘導体であるメプロバメートに抗不安作用が確かめられたのは55年であった。これら3種の薬の発見が引金となって,現在までに約200種の精神治療薬が市販されるにいたった。他方,1943年のLSD-25発見がきわめて微量で精神状態を激変させることを明らかにしたので,精神病も実は類似の毒素が体内で発生すると起きるのではないかという推論が有力になり,精神病の成因や化学療法をめぐって精神化学と精神薬理学が急速に発展することになった。現代精神医学の父と呼ばれるE.クレペリンも実は1892年に薬物が精神作業に及ぼす影響を研究していたし,モロー・ド・ツールJ.J.Moreau de Tours(1804-84)は大麻による精神異常を観察して《ハシーシュと精神病》(1845)という400ページの本を書いていた。ド・クインシーの《アヘン常用者の告白》(1822)やボードレールの《人工楽園》(1860)もあるが,これらは薬の効果を詳しく観察したにとどまり,作用のしくみを解明できなかったので,向精神薬が科学的に研究されはじめたのは1952年の精神薬理学スタートの年とすべきであろう。精神薬理学の一分野として行動薬理学behavioral pharmacologyが発達し,ちょうど現れてきたK.ローレンツらによる動物行動学と手を携えて,動物やヒトの心理の解明に貢献することになった。
向精神薬の最大の貢献は精神障害を治せるようになったことであり,それまでほとんど治療手段がなくて隔離監禁放置されていた患者が速やかに社会復帰できるようになった。アメリカでは薬物療法の普及によって精神病院が激減しつつある。向精神薬の分類は表に示したとおりである。
向精神薬が脳のどこへどのように働くかについてはまだよくわからないが,抗不安薬は大脳辺縁系ことに海馬や扁桃核に働くといわれ,ベンゾジアゼピン系の薬(現在の抗不安薬のほぼ全部)は特殊な受容体をもっているらしい。抗精神病薬はセロトニンとカテコールアミンという神経刺激伝達物質のバランスを調整することによって働くと考えられてきたが,最近では脳内,とくに中脳皮質のドーパミン受容体を遮断することによる,とされている。このことから統合失調症の病因も推論されはじめた。抗精神病薬の副作用として手の震え,そわそわと落ち着かない,などの錐体外路症状が現れるが,これも錐体外路中枢でのドーパミン遮断で起きる。抗パーキンソン薬を併用すればこの副作用を抑えることができる。統合失調症には抗精神病薬を数年にわたって長期与薬しなければならぬが,あまり長くなると口や舌がもぞもぞと動いてしまう遅発性ジスキネジアと呼ぶ副作用が出る。これを治すのは難しい。抗精神病薬のうちペルフェナジンやトリフロペラジンなどのように興奮作用をもつ薬は,意欲を失って無欲・無動傾向を示す古い統合失調症に対しては自発性を促すので著しい効果を表すが,被害妄想や不安の強い新しい病者に使うと悪化させる。逆に,古い患者にいつまでも抑制力の強いクロルプロマジンなどを使っていると動きが鈍くなってしまう,など使い方が難しい。病気の機序が不明なところへ,作用のしくみがよくわかっていない精神治療薬を与えて治そうというのには無理がある。どちらか一つでも明らかになれば向精神薬は飛躍的に進歩しよう。20世紀は身体の薬が主流を占めたが,21世紀は向精神薬の時代といわれ,すでにその移行期に入っている。
→覚醒剤 →幻覚薬 →トランキライザー
執筆者:小林 司
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脳に作用して脳のはたらきに影響する薬を総称して向精神薬といいます。効き目が強く精神疾患に用いられる抗精神病薬や、うつ病に用いられる抗うつ薬などがあります。
①抗精神病薬中毒
一般に精神を鎮静化させるもので、眠気をおぼえ、判断が鈍くなり、周囲に無関心になるので、車の運転や危険な作業はひかえる必要があります。また、血管、呼吸、消化器などすべての体の自律神経系を抑えるため、起立性低血圧・不整脈、呼吸抑制、口の渇き、鼻づまり、光がまぶしい、尿が出せなくなる(
さらに筋の動きや運動を調節する
最も有名なものが悪性症候群で、急激な高熱、筋
②抗うつ薬中毒
うつ病の治療には、三環系・四環系抗うつ薬(イミプラミン、アンセリンなど)や、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(パロキセチンなど)が用いられています。通常量服用の100万人あたりの致死中毒数は、前者で10~30人以上、後者で10人以下とされています。
中毒症状では、①心臓毒性(不整脈、心停止、低血圧)、②
③睡眠薬中毒
以前はバルビツール系の薬が多く使われ、自殺などにも用いられましたが、最近ではベンゾジアゼピン系の薬が用いられ、高い安全性と自然に近い睡眠作用が得られています。しかし、大量摂取では中毒を起こします。中毒の大部分は、自殺目的によるものです。いずれも主症状は、意識障害、血圧低下、呼吸抑制です。
バルビツール系の薬では、連用すると慣れ(耐性)が現れやすく、徐々に量が増え、また、やめられなくなります(依存症)。服用をやめると精神不穏、震え、立ちくらみ、けいれんが起こり、異常な精神状態になります(退薬症候群)。
ベンゾジアゼピン系の薬は、一般に摂取量が多くても生命の危険は少ないとされていますが、重症例では、前述の向精神薬中毒と同じ症状がみられることがあります。特殊な拮抗薬として、フルマゼニル(アネキセート)があります。
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中枢神経系に作用して精神状態や精神機能に影響を与える薬物の総称である。1943年スイスの化学者ホフマンによりLSD‐25が発見され、同じくスイスの化学者ストールArthur Stoll(1887―1971)によりその幻覚発現の作用が確認され、薬物と精神作用との関係が解明され始めた。1952年のクロルプロマジンの発見により精神病の治療に薬物が用いられるようになり、フェノチアジン系のメジャートランキライザー(強力精神安定剤)が多く開発され、一方ではクロルジアゼポキシドをはじめとするマイナートランキライザー(穏和精神安定剤)が出現し、精神機能に影響を与える薬物が多く開発されてきた。
向精神薬は研究途上のものも多く、その分類はいまだ確立していないが、臨床的立場から薬物の精神機能に及ぼす影響を特徴別に分けた分類がある。その分類によると、向精神薬を精神治療薬と精神異常発現薬とに2大別し、前者を精神抑制薬と精神賦活(ふかつ)薬(抗うつ剤)に分ける。精神抑制薬には睡眠薬、精神抑制薬(抗精神病薬)、静穏薬(抗不安薬)の三つが、また精神賦活薬には感情抑制薬と感情興奮薬、精神刺激薬がある。精神異常発現薬にはコカイン、モルヒネのような多幸化薬と、LSD‐25、メスカリン、プシロシビンのような幻覚発現薬がある。
向精神薬の主流を占める抗精神病薬には、クロルプロマジンをはじめとするフェノチアジン系、インドジャボクのアルカロイドのレセルピン、ブチロフェノン系、チオチキセン誘導体、ベンゾキノリン誘導体、炭酸リチウムがある。静穏薬としてはヒドロキジンなどのジフェニルメタン誘導体、クロルジアゼポキシド、ジアゼパムをはじめとするベンゾジアゼピン誘導体がある。感情抑制薬にはイミプラミン、アミトリプチリンなど三環系抗うつ剤といわれるもの、感情興奮薬にはモノアミン酸化酵素阻害剤があり、精神刺激薬としては覚醒(かくせい)剤のアンフェタミン、メタンフェタミンのほかピペラドロールがあげられる。
[幸保文治]
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…一次的に精神状態に影響する薬を向精神薬と呼び,それに関する薬理学が精神薬理学である。つまり,心を動かす薬の,生理的影響,吸収,代謝,排出,治療への応用,などを調べる学問である。…
※「向精神薬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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