ニューロン(神経単位)間のシナプス,神経と効果器との連結部において,神経終末から分泌され,興奮を次のニューロンまたは効果器に伝達する役割を果たす一連の物質。中枢神経系の伝達物質の候補として現在知られているものには,アセチルコリン,アミノ酸類(γ-アミノ酪酸,グリシン,グルタミン酸,L-アスパラギン酸),モノアミン(セロトニン,ヒスタミン),カテコールアミン(ノルアドレナリン,アドレナリン,ドーパミン),ペプチド(バソプレシン)などがある。しかし伝達物質として確立しているものは上記のうちでもまだ少ない。1904年,エリオットT.R.Elliotは交感神経が刺激されると末端からアドレナリンを放出し,これが効果器に作用するという化学伝達説を提唱した。その後21年レーウィO.Loewiは,次のような実験を行った。迷走神経をつけたままカエルの心臓を摘出し,灌流(かんりゆう)標本を作り,この流出液を,この標本と連結した別のカエルの心臓の灌流標本に注入した。前者の迷走神経を刺激するとその心臓の拍動は弱くなりやがて止まった。この心臓と連結された心臓もわずかな遅れの後に拍動が弱くなりやがて止まった。このことは迷走神経の刺激に伴い,灌流液の中に心臓の拍動を抑制する物質が放出されたと考えられる。この実験が神経興奮の化学伝達の概念の確立に重要な一歩となった。その後,この物質がアセチルコリンであることが明らかにされた。運動神経もまたアセチルコリンによって伝達されることがデールH.Daleらによって解明(1936)され,交感神経に関してはオイラーU.S.Eullerがノルアドレナリンによることを明らかにした(1946)。神経伝達物質であることの基準としては,(1)シナプス前神経を刺激するとその終末から相当量の放出が見られること,(2)その物質をシナプス後膜に投与するとシナプス前神経刺激と同様な興奮性,抑制性の変化が現れること,(3)その物質の合成系がそのニューロン中に存在すること,(4)その物質を不活性化する機構がシナプス内に存在することなどが挙げられる。
神経伝達物質は通常,神経前膜付近にある400~500Åのシナプス顆粒(かりゆう)synaptic vesicle中に高濃度に蓄積されている。神経からの電気的刺激が神経繊維を通って神経終末部に達すると,シナプス顆粒のあるものはその内容物を素量quantumとしてシナプス間隙(かんげき)に放出する(神経伝達物質は一つ一つの分子としてではなく,一定数の分子がひとまとまりとなって放出されるが,このまとまりを素量という)。これらの過程には,伝達物質の素材およびエネルギーを摂取する過程,伝達物質を合成し,濃縮し分泌顆粒を作る過程,刺激によって放出される過程など広義の分泌secretionの複雑な過程が含まれている。
シナプス間隙に放出された伝達物質はシナプス後膜に局在する受容体と結合し,シナプス後膜に終板電位を発生させ,続いて活動電位を生じ興奮を伝導することとなる。この過程は,味覚や嗅覚と同じような一種の化学的興奮である。現在,この過程は,(1)受容体に伝達物質が結合する,(2)その結合の結果受容体タンパク質に構造変化を生じる,(3)この変化が膜に内在するイオンの透過系に伝わり,イオンの透過性が変化する,(4)イオンの透過性の変化により電位変化を起こし生理的応答となると考えられ,細部についての生化学的解明が進められている。このような化学伝達機構は,興奮の電気的伝導とは違って,神経情報を一方向的に流することを可能にする。
執筆者:大隅 良典
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シナプスを介する神経細胞間の情報伝達に使われる分子.ニューロトランスミッターともいう.隣接の神経細胞を興奮させるものと抑制するものとがある.アセチルコリンやグルタミン酸などの興奮性伝達物質のイオンチャネル型受容体は Na+ チャネルそのものであり,リガンドが結合すると開口して,細胞内に Na+ を流入させ神経細胞を興奮させる.これに対し,グリシンやGABAなどの抑制性伝達物質は Cl- チャネル型受容体に結合し,細胞内に Cl- を流入させる結果,神経細胞内はよりマイナスの過分極状態となり興奮しにくくなる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…生体内ではコリンとアセチルCoAとからコリンアセチラーゼの作用により合成される。1910年代から始まったデールH.H.Daleの研究,さらにレーウィO.Loewiのカエルの心臓の灌流(かんりゆう)実験(1921)などの歴史的研究を経て,化学的な神経伝達物質として初めて確立された物質である。副交感神経や運動神経において作用し,血圧降下,心収縮に対する抑制的作用,涙・唾液・胃液などの腺分泌の促進,消化管収縮,骨格筋収縮などの生理作用を示す。…
※「神経伝達物質」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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