穏内館跡(読み)おんないだてあと

日本歴史地名大系 「穏内館跡」の解説

穏内館跡
おんないだてあと

[現在地名]松前郡福島町字館崎

道南十二館の一。遺構は字館崎たてさき上方の台地上にあったが、現在は完全に消滅している。「新羅之記録」によると、康正三年(一四五七)コシャマインの戦で攻め落された一〇館のうちに「穏内郡之舘」があった。館主は蒋土甲斐守季直とあるが、同氏の出自は明らかではない。松前広長の「覆甕草」によれば秋田の出身といわれるが、季直の季は津軽・蝦夷地の領主で津軽福島城(現青森県市浦村)に居城する安東氏の通字であり、また同城の近くには菰槌こもづち(現同県木造町)地名があるところから、蒋土氏は同地の出身で、安東氏の武将の一人であったと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む