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安土城 あづちじょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

安土城
あづちじょう

滋賀県近江八幡市にあった平城六角氏を滅ぼした織田信長が,天正4(1576)年に築城を開始した。普請総奉行丹羽長秀,奉行森三郎左衛門,大工頭岡部又右衛門。結構は山城から平城に移行する過渡的形式をもち,石造 5層 7重の天守閣を中核とする大城郭。特に近世式の天守閣はこれによって完成した。築城資料としては『信長公記』があり,近年発見の加賀藩大工家の『天守指図』は安土城のものとの確証を欠いている。天正10(1582)年6月2日本能寺の変によって信長が倒れると明智光秀に接収され,山崎の戦いののち来攻した織田信雄の軍兵のために焼かれて廃城。現在,外構と石垣の一部を残すにすぎないが,城址には信長が城の建築時に建立し,死後信長の菩提寺となった臨済宗遠景山摠見寺(そうけんじ)がある。国の特別史跡に指定されている。(→安土桃山時代安土桃山文化

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デジタル大辞泉の解説

あづち‐じょう〔‐ジヤウ〕【安土城】

安土織田信長が築いた城。天正4年(1576)に着工。天守閣を中心とする本格的な近世の城の最初のもの。天正10年(1582)、本能寺の変ののち焼失。

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百科事典マイペディアの解説

安土城【あづちじょう】

1579年織田信長が近江(おうみ)国蒲生(がもう)郡安土(現滋賀県近江八幡市)に築いた城。山城から平城への移行の形態を示し,5層7重の天守閣を備えた大建築で,以後の城郭建築の手本となった。
→関連項目安土[町]穴太荘近江国観音寺城岐阜城

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世界大百科事典 第2版の解説

あづちじょう【安土城】

滋賀県蒲生郡,琵琶湖東岸安土山にある城址。織田信長が1576年(天正4)から築城を開始し,普請奉行には丹羽長秀があたった。石垣普請には11ヵ国から労働者を集め,坂本穴太(あのう)の石工らが動員された。79年には熱田大工岡部又右衛門に造らせた天主も完成し,信長は子息信忠に家督とともに岐阜城を譲ってここに移り,天下経営の本拠とした。しかし82年,本能寺の変で信長は死に,この際の混乱で城は焼失した。以後,織田氏はふるわず,85年豊臣秀次が近江八幡に築城したので廃城となり,町も八幡に移された。

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大辞林 第三版の解説

あづちじょう【安土城】

滋賀県近江八幡市安土町にあった城。織田信長が1579年築城。五層七重の天守を中心とした近世城郭の草創期のもの。本能寺の変の折に焼亡。

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日本の城がわかる事典の解説

あづちじょう【安土城】

滋賀県近江八幡市(旧蒲生郡安土町)にあった平山城(ひらやまじろ)。国の特別史跡。日本城郭協会選定による「日本100名城」の一つ。1579年(天正7)に織田信長が築き、岐阜城(岐阜県岐阜市)から居城を移した。5層7階の天守があったといわれている。その壮麗さは、この城を訪問した宣教師ルイス・フロイスの著書『日本史』などの記録によって知ることができる。安土城は六角氏の居城であった観音寺城(近江八幡市)を手本に総石垣でつくられ、その後の安土桃山時代から江戸時代初期にかけてつくられた多くの城の模範となった。1582年(天正10)に本能寺の変が起きた際、安土城には蒲生賢秀が留守居役として在城していたが、信長の横死を知った賢秀は、子息の蒲生氏郷(がもううじさと)とともに信長の妻子を安土城から退去させ、本拠の日野城(蒲生郡日野町)に匿った。間もなく、明智秀満率いる明智軍が安土城を占拠。山崎の戦いに敗れ、明智軍が安土城を退去後、城は天守・本丸など主要な建物を焼失した。しかし、その後も二の丸を中心に織田氏の居城として使われ、信長の嫡孫秀信が在城した。豊臣秀吉の養子豊臣秀次による八幡山城(近江八幡市)の築城にともない、1585年(天正13)をもって廃城された。その際、安土城の城下町は、秀次の築いた八幡山城の城下に移されたといわれている。城跡には天守台、曲輪(くるわ)、石垣、堀の遺構が残っている。JR琵琶湖線安土駅から徒歩約20分。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

安土城
あづちじょう

戦国期、織田信長が天下統一のための拠点として築いた城。滋賀県近江八幡(おうみはちまん)市安土町下豊浦(あづちちょうしもといら)にある。普請奉行(ふしんぶぎょう)は丹羽長秀(にわながひで)で、1576年(天正4)に着工し、1579年にほぼ完成したが、信長は着工の直後、建物の一部ができあがるとすぐ稲葉山(いなばやま)城から居を移している。信長が岐阜から安土に城を移したのは、一つには越後(えちご)(新潟県)の上杉謙信(けんしん)対策であり、一つには北陸の一向一揆(いっこういっき)を監視するためであった。しかも、岐阜よりははるかに京都に近く、琵琶(びわ)湖の水運を掌握できるという利点もあったからである。城郭史からみて安土城が特筆されるのは、五層七重(地上6階地下1階)の天守閣が建てられたことである。この天守閣は『信長公記(しんちょうこうき)』のなかの「安土山御天主之次第」や、キリスト教宣教師たちの描写によってかなりはっきりしており、内部の柱には金箔(きんぱく)がはられ、外部は各層が違った色で塗ってあったことや、客間としての書院、納戸、台所などが備わり、座敷は畳敷きで、障壁には狩野永徳(かのうえいとく)の絵が描かれていたのである。なお、城はちょうど琵琶湖に突き出た形で、麓(ふもと)から山頂まで約100メートルほどの安土山に曲輪(くるわ)が配置され、本丸、二の丸を中心として、家臣の屋敷がそれぞれ一つの曲輪の形となっていた。城は1582年(天正10)の本能寺(ほんのうじ)の変に続く山崎の戦いの余波で焼け落ちてしまい、現在、穴太(あのう)積みの手法による広壮な石垣と、本丸、天守台部分の礎石などが残るだけである。かつて徳川家康邸のあった所は現在(そうけん)寺が建てられ、二の丸には信長廟(びょう)があり、城跡全体が特別史跡に指定されている。また、城下には安土セミナリオ(神学校)跡もある。[小和田哲男]

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世界大百科事典内の安土城の言及

【安土桃山時代】より

…従来の山城から平城への移行は,鉄砲の伝来による戦術の変化のためで,領国統治の中枢として権力者の富と権威を象徴するものとなった。信長が1576年に築いた安土城は平山城であるが,近世様式の最初で,外柱は朱色,内柱は金色に塗られ,最上部の望楼には内外ともに金が張られていた。秀吉が83年に石山本願寺跡に築いた大坂城も,室内には金箔を施し,塔に黄金や青色の飾りをつけ,遠くから見ると荘厳な観を呈したと記録されている。…

【安土桃山時代美術】より

…狩野永徳が1566年(永禄9)大徳寺聚光院の襖に描いた水墨《四季花鳥図》は,戦国大名三好氏のために描かれたものだが,若年の筆とも思えない大胆な筆使いと力動感みなぎる構図には,新しい時代の到来を思わせる爽快な響きがこもっている。 76年(天正4)から79年にかけ信長が築いた安土城の天主は,外部五重,内部7階のこれまでにない斬新な意匠と構造によるものであり,桃山美術の性格を決定づける上で,画期的意義を持つものだったと思われる。永徳一門は用命に応じ,その内部の障壁画制作に全力を傾けた。…

【狩野永徳】より

…1566年(永禄9)24歳で父とともにあたった大徳寺聚光院の障壁画制作では,最も重要な場所である室中(仏間)を父に代わって担当し,翌年には近衛邸の障壁画をまかされるほどであった。彼の豪放な新様式は織田信長に認められ,76年(天正4)からの安土城建設には天下一の画家として参加した。その際,宗家を弟宗秀に預けて自分は子の光信とともに一家をあげて天守や城内殿舎の障壁画制作に赴き,褒美(ほうび)として300石の知行を受けたといわれる。…

【城】より

… 大名居城では,家臣団の集住とそれを経済的に支える城下町の建設という課題に直面し,肥大化した城郭を長大な外郭線で囲い込む総構えの手法が導入されるようになるが,従来の山城のままでは無理な場合が多いので,平山城ないし平城へ移らざるをえなくなる。その早い試みが織田信長の安土城,後北条氏の小田原城で完成される。この織豊期に諸大名は次々と本城の位置を変え,政治・経済の中枢機能を担う近世城郭の時代へ転換していく。…

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