百科事典マイペディア 「穴穂部皇子」の意味・わかりやすい解説
穴穂部皇子【あなほべのおうじ】
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欽明(きんめい)天皇の皇子。母は蘇我稲目(そがのいなめ)の女(むすめ)小姉君。埿部(はしひとべ)穴穂部皇子ともいう。585年敏達(びだつ)天皇崩御のとき、無理に天皇になろうとしたが、蘇我馬子(うまこ)に諫(いさ)められ果たさなかった。587年用明(ようめい)天皇崩御ののち、ふたたび物部守屋(もののべのもりや)と結んで天皇になろうとして、泊瀬部(はつせべ)皇子(崇峻(すしゅん)天皇)を推す馬子らと争ったが、佐伯連丹経手(さえきのむらじにふて)、土師連磐村(はじのむらじいわむら)、的臣真噛(いくはのおみまくい)ら馬子方の将に襲撃されて死に、のち守屋も殺された。
[横田健一]
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