竜村平蔵(読み)たつむらへいぞう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「竜村平蔵」の意味・わかりやすい解説

竜村平蔵
たつむらへいぞう
(1876―1962)

現在の株式会社竜村美術織物の創始者。明治、大正、昭和にわたっての京都織物界の中心的人物の1人であった。大阪の商家に生まれたが、天性独創の才があり、17歳にして自ら進んで織物界に入り、1905年(明治38)西陣(にしじん)に竜村製織所を創設し、その優れた創意熱情によって次々と新技術を開発し、特許、登録を受けたもの数十種を数えた。一方、法隆寺正倉院裂(ぎれ)や名物裂などの古典織物の復原模造も行い、文展の工芸部門の審査員も務めた。27年(昭和2)および31年に日展に出品された「漢羅楽浪(かんららくろう)壁掛」「天地逆旅(てんちぎゃくりょ)壁掛」は代表作といわれる。56年(昭和31)芸術院恩賜賞、58年紫綬(しじゅ)褒章を受けた。

山辺知行

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「竜村平蔵」の解説

竜村平蔵 たつむら-へいぞう

1876-1962 明治-昭和時代の染織家。
明治9年11月14日生まれ。西陣織販売をしながら織物技術を研究。明治38年京都西陣に竜村製織所を創設して新技術を開発,美術織物を制作した。また古代裂(ぎれ)などの復元にとりくみ,日本の美術織物の海外紹介につとめた。昭和31年芸術院恩賜賞。昭和37年4月11日死去。85歳。大阪出身。

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百科事典マイペディア 「竜村平蔵」の意味・わかりやすい解説

竜村平蔵【たつむらへいぞう】

織物工芸家。初世〔1876-1962〕は大阪生れ。17歳で織物業に入り,1897年西陣に実験工場を設けて西陣織,博多織,ゴブラン織などを改良,美術織物を研究して古代裂(こだいぎれ),名物裂の復元にも努めた。2世〔1905-?〕は初世の子で,旧名謙。竜村平蔵織物美術研究所所長として古代染織研究に従事

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