日本大百科全書(ニッポニカ) 「正倉院裂」の意味・わかりやすい解説
正倉院裂
しょうそういんぎれ
奈良・東大寺の正倉に納められている染織品。奈良時代の染織文化を具体的に伝える資料として、また当時大陸より舶載された中国唐代の高度な染織技術を示す貴重な資料として、日本のみでなく、世界的に高く評価されている。
おもな内容は、(1)東大寺献物帳(756)所載のきょう纈(きょうけち)と﨟纈(ろうけち)の屏風(びょうぶ)、袈裟(けさ)類、錦(にしき)と綾(あや)の挟軾(きょうそく)をはじめとする敷物、覆い、袋裂(ふくろぎれ)など、(2)大仏開眼供養会(752)の際に奉納された舞楽の装束類、(3)聖武(しょうむ)天皇一周忌斎会(757)に使用された灌頂幡(かんじょうばん)、道場幡をはじめとする荘厳具(しょうごんぐ)、などを中心に、各種器物の袋、包み裂、芯(しん)裂など。また当時諸国より貢進された調庸の絁布(あしぎぬぬの)類をはじめ、東大寺の下級の官人や工人、あるいは写経生に貸与された浄衣(じょうえ)類、さらに一部には法隆寺献納の染織品なども混在している。したがってその数量は膨大なもので、1914年(大正3)以来今日までに整理済みのものおよそ十数万片、未整理品の量はほぼこれに比肩するとされる。染織品の素材は絹に次いで麻を主とし、羊毛は氈(せん)(フェルト)などのごく限られたもの、木綿は数件にすぎない。染料は、今日知られる限りでは、赤系統に茜(あかね)・紅・蘇芳(すおう)・紫草、黄系統に黄蘗(きはだ)・刈安(かりやす)・櫨(はぜ)、青系統に藍(あい)などが用いられている。
[小笠原小枝]
織物の種類
絹織物では平織を基本としたものに「絁」「縮絹(しじら)」がある。絁は薄地の絹織物で、きょう纈や﨟纈などの染色に供されるほか、無地染めにして袋物その他の裏裂に用いられている。縮絹は強撚糸(きょうねんし)を緯糸(よこいと)に用いて平織にし、織り上げたのちに撚(よ)りを戻して帛(はく)面にしぼを出したもので、後世の縮緬(ちりめん)との違いは、片撚りの糸が用いられていることにある。刺しゅうの台裂などにも使用されている。
綾は地と文様が異組織で表された単色の紋織物(なかには経糸(たていと)と緯糸に異なる色糸を用いて、2色としたものもある)をさし、今日のようにかならずしも綾組織(斜文組織)によるものではない。傾向としては、平地浮文の綾には幾何学的な小文様のものが多く、斜文組織が加わるにしたがって、連珠円文や唐草、唐花、双竜文、双鳥文など華やかな文様のものがみられるようになる。
錦には経錦と緯錦とがあり、経錦は多色の経糸によって文様を表したもので、中国では戦国時代(前5~前3世紀)から隋(ずい)~唐代初期まで行われた古い織法の錦である。一方、多色の緯糸によって文様を織り表した緯錦は、唐代以降に隆盛し、以後経錦を圧して今日に至っている。したがって、日本に伝えられる経錦の作例も、法隆寺伝世の蜀江錦(しょっこうきん)や、正倉院伝世の獅噛文長斑錦(しかみもんちょうはんにしき)に代表されるように、中国六朝(りくちょう)風の様式をとどめる、概して小柄で古様な趣のものが多いのに対し、緯錦には雄渾(ゆうこん)で華麗な中国盛唐の錦文様を伝えるものが多くみられる。浅縹地大唐花(あさはなだじだいからはな)文様錦や連珠狩猟文様錦などは緯錦の代表的な作例である。
このほか絹織物には、金糸を織り入れた精緻(せいち)な綴織(つづれおり)、多色の緯糸で横筋(すじ)を織り出した雑彩帛(ざっさいはく)、石畳文様の二重織(風通)、刺納(しのう)とよばれる刺子風の技法、織成(しょくせい)とよばれる綴織の絵緯(えぬき)と絵緯の間に地緯を加えた技法、さらに綺(かむばた)とよばれた紐(ひも)状の織物など、きわめて多様なものがみられる。
染色品には、絁や羅などの薄地の絹、あるいは若干綾などに染められたきょう纈・﨟纈・纐纈(こうけち)がある。これらはそれぞれ、﨟纈は蝋(ろう)によって、きょう纈は型板に裂地を挟んで締め付けることによって、纐纈は糸でくくったり、巻き締めたり、縫い締めたりすることによって、染料の浸透しない部分をつくり、模様を染め表す防染模様染めの技法である。模様は、﨟纈には一般に型を用いた小柄なものが多いが、なかには﨟纈屏風のように手描きを加えた大模様のものもある。きょう纈には花唐草(はなからくさ)、唐花、鳥獣模様を表したものが多く、纐纈には目交(もっこう)の散らし模様や、格子・襷(たすき)・七宝(しっぽう)模様などさまざまなものがある。
このほか、版木に墨を塗って布帛に捺染(なっせん)する摺絵(すりえ)、顔料(がんりょう)を使って直接に布帛に文様を描く彩帛(描絵(かきえ))などがあり、これらは絹ばかりではなく麻布にも施されている。
刺しゅうは、樹下孔雀(くじゃく)文様や唐草文様などの刺しゅうがよく知られているが、絁や綾の上に羅を重ねて刺しゅうを施したものに優品が多い。技法は、鎖繍(くさりぬい)、平(ひら)繍、朱子(しゅす)繍、割り繍など多様な技法が取り入れられており、とくに幡などには表裏まったく同じに文様を刺しゅうした精巧な両面繍がみられる。
[小笠原小枝]