日本大百科全書(ニッポニカ) 「笠井潔」の意味・わかりやすい解説
笠井潔
かさいきよし
(1948― )
小説家、評論家。東京都生まれ。和光大学中退。大学在学中政治活動を行うが、1972年(昭和47)、連合赤軍集団リンチ事件に衝撃を受け、政治活動から離れて文筆活動に専念。74年から76年までパリで暮らし、滞在中に書き上げた『バイバイ・エンジェル』で79年に小説家デビュー。パリを舞台に、連続殺人事件の謎を解き明かす日本人青年矢吹駆(やぶきかける)を主人公とした本格探偵小説で、その後『サマー・アポカリプス』(1981)、『薔薇の女』(1983)、『哲学者の密室』(1992)とシリーズ化。ここで主人公の神秘的な日本人青年矢吹駆は、「現象学的本質直観による推理」をかかげて登場する。つまりあらゆる先入観を排除して犯罪の持つ意味、事件の本質を直観せよと説くのである。その結果、作品の内容は文学・音楽・美術に始まり、哲学・歴史・宗教にいたるまで絢爛(けんらん)たるペダントリーを全編にちりばめたアンチ・ミステリーの体裁をとることになる。中でも、最高傑作との呼び声が高い『サマー・アポカリプス』は、新約聖書の「ヨハネ黙示録」に見立てた連続殺人を題材にし、二度殺された屍体、古城の密室、秘宝伝説など凝りに凝った意匠にあふれている。加えて、中世の異端カタリ派に対する異端審問の狂気、ナチス・ドイツにおけるオカルト的人種理論の狂気、そして現代における悪の論理の狂気――と人間が持つさまざまな狂気を重層的に描き切った力作だった。ほかに全11巻におよぶ伝奇小説『ヴァンパイヤー戦争(ウォーズ)』(1982~90)、『三匹の猿』(1995)に始まる私立探偵飛鳥井(あすかい)シリーズなどがある。評論家としての著作も多く、『物語のウロボロス――日本幻想作家論』(1988)、『模倣における逸脱――現代探偵小説論』(1996)、『探偵小説論Ⅰ――氾濫の形式』『探偵小説論Ⅱ――虚空の螺旋』(1998)などを刊行。編著・評論アンソロジー『本格ミステリの現在』(1997)で、日本推理作家協会賞を受賞している。
[関口苑生]
『『模倣における逸脱――現代探偵小説論』(1996・彩流社)』▽『『本格ミステリの現在』(1997・国書刊行会)』▽『『探偵小説論』Ⅰ・Ⅱ(1998・東京創元社)』▽『『探偵小説論序説』(2002・光文社)』▽『『バイバイ・エンジェル』『サマー・アポカリプス』『薔薇の女』(創元推理文庫)』▽『『ヴァンパイヤー戦争』(角川文庫)』▽『『テロルの現象学』『機械じかけの夢』『物語のウロボロス――日本幻想作家論』(ちくま学芸文庫)』▽『『哲学者の密室』(光文社文庫)』▽『『三匹の猿』(講談社文庫)』