一定規格からの偏倚を総称して逸脱という。したがって,単に統計的な意味で出現頻度のごく少ない現象をそう呼ぶこともできるが,一般には,その上になんらかの道徳的判断が加わり,ルールから外れた望ましくない行動ないし態度を指して,逸脱ということが多い。当初,学問の世界でこの言葉が採用された事情は別であった。異常,違反,病理など,どう呼んでも一般世人の常識ないし偏見に影響される現象について,より科学的な,あるいはより公平な態度でのぞむべく,学問的要請にこたえて採用された言葉であった。なんらかのルールから逸脱していても,かえってそれゆえに,別の視角から見れば時代を先取りした革新的行動であることもありうるし,少なくとも,その時代の問題性をもっとも鋭く映しだしている現象に違いない。社会学者たちが,自殺,犯罪,非行などを,逸脱行動としてとり上げてきた理由はそこにある。平凡な同調行動ではなく,世人の非難の的となるような逸脱行動のなかに,研究者は各時代の特異性を科学的に評定する一種の指標を求めたのである。
1938年,R.K.マートンは,それまでプラグマティックな関心に左右され,政策的提言をもっぱらにしていたアメリカの社会病理学に対して,〈逸脱行動deviant behavior〉という用語を定着させる画期的な論文社会構造とアノミーを発表した。この論文は,フランス実証主義のよき伝統をはじめてアメリカにもたらしたという意味でも,また,種々の病理現象をはじめて科学的な概念で処理しえたという意味でも,まさしく以後の社会病理学をリードするものであった。《自殺論》(1897)で有名なフランスのÉ.デュルケームは,マートンに先立って,科学的な社会病理学をすでに打ち立ててはいた。一般世人の常識ないし偏見をくつがえして,〈犯罪は,時々の社会にとって不可欠の機能をはたしている〉とデュルケームは主張していた。だが,このデュルケーム的視角も,もし〈逸脱〉という言葉を駆使して表現されるのでなかったならば,一般世人の関心に引きずられていたアメリカの学問風土に,定着できたかどうか疑わしい。やがて,第2次世界大戦後アメリカで花開いた逸脱行動論は,日本においても,社会病理研究を科学の水準に引き上げる上で,大きな役割を果たしたのである。
→社会病理
執筆者:大村 英昭
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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