紀州鉱山(読み)きしゅうこうざん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

紀州鉱山
きしゅうこうざん

三重県南部,熊野川の支流楊枝川の流域にあった銅山。開発は付近の室谷,十薬 (とぐすり) ,大栗須 (おおぐるす) などの銅山とともに慶長年間 (1596~1615) から始り,和歌山藩や新宮藩により経営された。その後,石原産業が買収して紀州鉱山と呼ばれた。鉱石は,昔は楊枝川口まで人力で運び,そこから熊野川の水運を利用して新宮に出した。 1941年索道ができてからは,阿田和駅から貨車で浦神港へ送られ,船で四阪島佐賀関に運搬されて精錬されたが,78年5月に閉山された。

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世界大百科事典 第2版の解説

きしゅうこうざん【紀州鉱山】

三重県南牟婁(むろ)郡紀和町にある銅鉱山。鉱床は中生層,第三紀層のケツ岩に生じた割れ目を充てん(塡)した割れ目充てん多金属鉱脈で,多数の鉱脈が広い範囲に分布している。非常に古い時代の発見とされ,長い間,日本の重要鉱山の一つとして稼行されてきたが,1978年に操業を停止した。【山口 梅太郎】

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世界大百科事典内の紀州鉱山の言及

【紀和[町]】より

…古くから鉱山が開発された地域で,当地の産金は慶長小判や桃山城,日光東照宮の造営に使われたという。昭和初期に一時採掘は中断されたが,1934年より石原産業が紀州鉱山として操業を再開し,第2次大戦中は銅,硫化鉄をおもに産出する鉱山として繁栄した。その後鉱脈が衰えたため78年に鉱山は閉鎖され,深刻な過疎化問題が起こっている。…

※「紀州鉱山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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