朝日日本歴史人物事典 「結城基光」の解説
結城基光
生年:貞和5/正平4(1349)
南北朝・室町時代の武将。下総国結城城(茨城県結城市)城主。直光の子。弾正少弼に任ず。父と同じく鎌倉公方の信任を集め,とりわけ小山義政の乱の戦功で小山氏の遺領の半ばと下野守護職を与えられ急成長を遂げた。嫡子満広の若死ににより,四十余年間下野守護として活動するなど長期にわたって結城氏の実権を掌握し続けた。この間,次男泰朝に小山氏の名跡を継がせて小山氏を傀儡化し,泰朝の男子のうち,次男満泰に泰朝の跡を継がせて長男氏朝を満広の養嗣子に迎え,末子氏義を山川氏の養嗣子に送り込むことで結城,小山,山川の3当主を祖父の立場から一手に統轄した。また,鎌倉公方から武蔵,相模などに所領を与えられたうえに直轄領の管理をも委ねられるなど,公方派大名の代表として君臨したが,同時に関東管領上杉氏との競合関係をも生み出すことになった。<参考文献>『関城町史』通史編上
(市村高男)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報