緩和ケアと終末期ケア

内科学 第10版 「緩和ケアと終末期ケア」の解説

緩和ケアと終末期ケア(治療学総論)

(1)緩和ケアの理念
 世界保健機関(World Health Organization:WHO)は「緩和ケア(palliative care)とは,生命を脅かす病気に関連する問題に直面している患者と家族の痛み,その他の身体的,心理社会的,スピリチュアルな問題を早期に同定し,適切な評価と対応を通して,苦痛の予防と緩和により,患者と家族のクオリティ・オブ・ライフ(quality of life:QOL)を改善する取り組みである」と2002年に定義している.この定義で重要なことは,①特定の疾患や病期に限定していないこと,②患者と家族の両者を対象としていること,③身体的,心理社会的,スピリチュアルな問題に対応すること,④患者と家族のQOLの向上を目指すことである.
 近代的ホスピス運動の母といわれるCicely Saundersは,全人的苦痛(total pain)という概念を提唱している.これは患者にみられる苦痛を身体的苦痛として一面的にとらえるのではなく,精神的苦痛,社会的苦痛そしてスピリチュアルな苦痛も含めた総体としてとらえる概念である.この4つの苦痛は互いに影響し合い,患者の苦痛を形成している.
 緩和ケアに関連したさまざまな用語が使用されている.緩和医療(palliative medicine)は,緩和ケアの同義語として使用されることが多く,学術的,専門的,研究的な側面が強調される傾向にある.ターミナルケア(terminal care)は1950年代から使用され,「ターミナル」の時期が明確でなく,否定的な意味が含まれることが問題である.エンド・オブ・ライフケア(end-of-life care)は1990年代から使用され,認知症や脳血管障害などの非悪性疾患の患者に使用されことが多く,倫理的な課題が議論される傾向にある.
(2)緩和ケアの歴史と現状
 近代的ホスピス運動は,セント・クリストファー・ホスピス(St. Christopher’s Hospice)が1967年にロンドン郊外に設立されたのが始まりである.わが国では,院内独立型ホスピスが1981年に聖隷三方原病院に誕生し,ついで院内病棟型ホスピスが1984年に淀川キリスト教病院に設立された.1990年4月には「緩和ケア病棟入院料」が診療報酬として新設され,経済的な基盤が確立された.これより緩和ケア病棟は増加し,2012年11月現在,約260の医療機関に緩和ケア病棟が設置されている.
 緩和ケア病棟以外に緩和ケアを専門的に提供する形態として,緩和ケアチーム,緩和ケア外来(専門外来)および在宅ケアがある.緩和ケアチームは,英国のセント・トーマス病院(St. Thomas’ Hospital)において,入院施設をもたないコンサルテーション型の緩和ケアの支援活動を開始した1977年が始まりである.わが国の緩和ケアチームは,医師,看護師,薬剤師,ソーシャルワーカーを中心とした多職種によるメンバーで構成され,主治医や病棟スタッフと協働して患者と家族を支援する.具体的には,①症状マネジメント,②精神的支援,③治療や療養の場の選択,④家族ケアなどがあげられる.
 わが国では,2007年から「がん対策基本法」に基づいて「がん対策推進基本計画」が策定され,397のがん診療連携拠点病院を中心に種々の癌対策が実施されている.重点的に取り組むべき課題として,①放射線療法および化学療法の推進,ならびにこれらを専門的に行う医師らの育成,②治療の初期段階からの緩和ケアの実施(2012年から「がんと診断された時からの緩和ケアの推進」と変更),③がん登録の推進,があげられており,緩和ケアを含めた包括的癌医療を目指している.がん診療連携拠点病院では,この基本計画に基づいて緩和ケアチームが緩和ケアの提供を担っている.この結果,緩和ケアチームは急増しており,2010年10月現在,約540の緩和ケアチームがある.
(3)緩和ケアの実践
 緩和ケアの実践では,全人的苦痛に対するアセスメントとマネジメントが重要である.症状マネジメントの原則は,①第一に患者に尋ねる,②病態を正しく診断し,症状の原因を特定する,③十分に説明し,現実的な目標を設定する,④マネジメントとケアを実践する,⑤繰り返し評価する,である.患者の「つらいこと」や「困っていること」を中心に語ってもらうことが出発点である.患者の訴えをしっかりと傾聴する.患者の訴えの背後にある感情に気づき,受容・共感するように心がける.複数の症状や問題があり,1つずつ詳細に確認する.日常生活動作(食事,睡眠,排泄,入浴,歩行)や社会生活(通学・通勤,学業,仕事,家事,買い物,育児,介護)にどのような影響があるかを把握する.患者とコミュニケーションを十分にはかり,人間関係を築き深めるようにする.家族から話を聴くことも重要である.
 癌疼痛のマネジメントでは,痛みの部位,原因,病態,全身状態,生命予後や患者の希望によって薬物療法だけでなく,放射線療法,神経ブロック療法,手術療法が適応となることがあり,総合的に判断する.鎮痛薬は非オピオイドとオピオイドに分類される.非オピオイドには,アセトアミノフェンと非ステロイド系抗炎症薬がある.アセトアミノフェンは腸管,腎臓や血小板機能に影響を与えず安全性が高い点から,非悪性の慢性疼痛や癌疼痛のある患者に最初に投与すべき鎮痛薬といわれている.オピオイドは中枢神経末梢神経にあるオピオイド受容体に作用して鎮痛効果を示す化合物であり,わが国では,モルヒネオキシコドン,フェンタニルが中心に使用されており,その使用法を習得することが肝要である(表3-1-29).オピオイドの副作用は,①便秘,②悪心・嘔吐,③眠気,④譫妄,⑤呼吸抑制などがあり,副作用対策が鍵である.神経障害性疼痛では,オピオイドだけでは不十分であり,鎮痛補助薬として,①抗てんかん薬,②抗うつ薬,③ナトリウムチャネル遮断薬,④N-メチル-d-アスパラギン酸(NMDA)受容体拮抗薬,⑤コルチコステロイドなどが併用される. 進行期や終末期癌患者では,癌疼痛のほかに,①倦怠感,②癌食欲不振・悪液質,③悪心・嘔吐,④腸閉塞,⑤便秘,⑥下痢,⑦腹水,⑧呼吸困難,⑨咳,⑩気道分泌過多,⑪転移性脳腫瘍,⑫脊髄圧迫,⑬高カルシウム血症,⑭不安,⑮抑うつ,⑯譫妄,⑰不眠などの複数の症状が発現する.
 これらの具体的なマネジメントは他書を参照されたい.日本緩和医療学会は「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン」,「がん患者の消化器症状の緩和に関するガイドライン」,「がん患者の呼吸器症状の緩和に関するガイドライン」,「終末期癌患者に対する輸液治療のガイドライン」,「苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン」などを公開している(https://www.jspm.ne.jp/guidelines/index.html).
 生命を脅かす病気の場合,悪い知らせを伝えることが重要である.終末期癌患者では,積極的な治療が無益であるばかりか,有害になる時期が訪れる.積極的な治療の限界,今後の治療や療養の場の選択,生命予後などを患者と話し合う際,共感的かつ効果的なコミュニケーション技術が不可欠である.「悪い知らせを伝える」手順として,実践的な6段階のSPIKESが開発されている.これは①setting(場を設定する:プライバシーの保たれる環境,大切な人の同席,座って時間をかける),②perception(患者の病状認識を知る:伝える前に患者に尋ねる),③invitation(患者がどの程度知りたいかを確認し,患者の招待を受ける:情報の希求の確認,心の準備),④knowledge(情報を共有する:少しずつの情報提供,わかりやすい言葉遣い,どのように伝わったかを確認する),⑤emotion(患者の感情に気づき,相応しく応答する),⑥strategy/summary(今後の方針と計画を立てて,面談を終了する)の頭文字を取ったものである.患者の希望を支えながら,必要な情報を誠実に伝えることが大切である. 苦痛緩和のための鎮静とは,①患者の苦痛緩和を目的として患者の意識を低下させる薬剤を投与すること,あるいは,②苦痛緩和のために投与した薬剤によって生じた意識の低下を意図的に維持することである.死亡直前に耐え難い苦痛が発現し,苦痛緩和のために鎮静が必要な患者が存在する.深い持続的鎮静を行う要件は,①医療者の意図,②患者・家族の意思,③相応性,④安全性,となっている(日本緩和医療学会の「苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン」を参照).
(4)緩和ケアの課題
 わが国では,悪性腫瘍患者への緩和ケアの提供体制は整備されつつある.今後,提供される緩和ケアの質の保証が重要な課題になっている.そのためには緩和ケアの教育,研修および研究の拡充が必要である.また,将来,対象疾患は悪性腫瘍から非悪性腫瘍へ軸足が移っていくであろう.さらに在宅での専門的な緩和ケアの提供体制の強化も重要である.[岡﨑凡子・恒藤 暁]
■文献
ロバート・バックマン:真実を伝える−コミュニケーション技術と精神的援助の指針, pp65-97, 診断と治療社, 東京, 2000.恒藤 暁:系統緩和医療学講座−身体症状のマネジメント,ppA-B, 最新医学社, 大阪, 2012.恒藤 暁, 岡本禎晃:緩和ケアエッセンシャルドラッグ,第2版, pp20-95, 医学書院, 東京, 2011.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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