日本大百科全書(ニッポニカ) 「美しき惑いの年」の意味・わかりやすい解説
美しき惑いの年
うつくしきまどいのとし
Das Jahr der schönen Täuschungen
ドイツの作家カロッサの中編自伝小説。1941年刊。バイエルンの田舎(いなか)に育ち、小都市ランツフートの高等学校を卒業した作者は、1897年、大学医学部入学のためミュンヘンに行くが、上京後約1年間の刺激と誘惑に満ちた生活を、40余年後に回顧し、文学的につづったのがこの作品である。青年の日々は錯覚の連続であるが、その「美しき錯覚」こそ、高次の真実を認識させ、魂を育てるものだという考え方が作品の基調をなし、若者らしい予感と憧憬(しょうけい)が描かれると同時に、控え目な筆致ながら、当時の学芸・思想の動向がみごとにとらえられている。ときに人生の暗い部分や退廃にも触れられるが、彼独特の善意とユーモアは乱れることなく、全編を明るく包んでいる。
[平尾浩三]
『手塚富雄訳『美しき惑いの年』(岩波文庫)』