肺性脳症
はいせいのうしょう
Pulmonary encephalopathy
(脳・神経・筋の病気)
肺の機能不全により中枢神経症状を起こす状態をいいます。肺は呼吸をする臓器なので、呼吸ができなくなると、肺の動脈の二酸化炭素(CO2)が上昇し、酸素が低下します。したがって、肺性脳症には、二酸化炭素上昇による症状(これをCO2ナルコーシスという)と、酸素低下による低酸素脳症が含まれます。
動脈血のCO2はすみやかに細胞膜を通過するので脳細胞内の㏗が急速に低下し、脳の細胞は酸性になり、これがCO2ナルコーシスの原因といわれています。脳血管は拡張し、脳血液量は増加し、脳浮腫を起こします。また脳は酸素消費量が非常に多く、全身の20%以上を消費するといわれています。そのため、酸素欠乏が起こると脳細胞は急速に傷害され神経症候が現れます。
原因としては、慢性肺疾患、とくに肺気腫や肺線維症で最も起こりやすいとされています。また、肺や気道の感染、心不全、薬剤、とくにモルヒネやバルビタールなどの投与による呼吸抑制、麻酔、喘息発作などでも起こります。呼吸抑制を引き起こす神経疾患(たとえば運動ニューロン疾患、重症筋無力症、ミオパチーなど)でも起こります。しかし家庭での対応で緊急を要するのは、事故や自殺未遂によるガス中毒や薬物中毒であり、早急に医療機関へ搬送しなければなりません。
脳神経の症状が現れる前に、血圧の変動、心拍増加、発汗、皮膚発赤などが起こります。精神症候や神経症候としては頭痛が高い頻度で起こり、また軽い注意力低下や、重症の場合には昏睡まで、さまざまな程度の意識障害が現れます。脳圧が高くなり、うっ血乳頭が起こり、顔面の筋肉や手の震え(振戦)などもみられます。低酸素脳症のため精神症状、意識障害などが現れ、後遺症として、意識障害、知能低下、不随意運動などがみられます。
基礎となる肺疾患や呼吸抑制を引き起こす神経疾患など、呼吸がしにくくなる原因と臨床症状がみられたら本症が疑われます。すぐに動脈血ガス分析を行って診断します。低酸素脳症も、原因の確認と動脈血ガス分析の結果および現病歴で診断されます。
原因にもよりますが、誘因の除去、気道の確保などの処置をするとともに、呼吸不全には人工呼吸器の使用が必須です。酸素吸入、血液の㏗補正など早急な対応が必要なので、医療機関を受診します。
栗山 勝
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
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肺性脳症(心・肺疾患に伴う神経系障害)
(5)肺性脳症(pulmonary encephalopathy)
肺の機能異常に基づいて中枢神経症状を呈する病態を肺性脳症といい,高二酸化炭素血症(hypercapnia)によるCO2ナルコーシス(CO2 narcosis)と低酸素脳症(hypoxic encephalopathy)がある.呼吸不全による低酸素血症とCO2ナルコーシスは,慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:COPD)の末期あるいは感染合併時に多い.また筋萎縮性側索硬化症,重症筋無力症などの神経筋疾患に伴う呼吸筋麻痺でも低酸素脳症とCO2ナルコーシスをきたす.高濃度酸素吸入,呼吸器感染,うっ血性心不全,鎮静薬による呼吸抑制などが誘因となる.高濃度のCO2には麻酔作用があり,呼吸抑制作用がある.高二酸化炭素血症によって,脳血管が拡張し,血圧が上昇する.急なCO2上昇は脳組織にアシドーシスをきたし,神経症状を発現するとされる.PaCO2 50~60 Torr以上では頭痛,筋痙攣,振戦が出現し,急激に80 Torr以上に上昇すると意識レベルが低下し,見当識障害,昏迷がみられ,自発呼吸がさらに減弱する.
脳の酸素需要量は全身の20%以上にも及び,脳は酸素欠乏で他臓器より障害を受けやすく,直接神経細胞が障害される.動脈血のO2低下は脳血管を拡張させ,血流量の増加に働くが,実際の動脈血のO2低下はそれを上まわり,脳への酸素不足を代償できなくなり,低酸素脳症をきたす.PaCO2が50 Torr以下で心理検査上の異常,40 Torr以下で知的活動の障害が現れるとされる.PaCO2が20 Torr以下になると酸素の細胞内取り込みが不可能となり,譫妄,意識障害,視力障害をきたす.慢性低酸素血症例では多幸症や幻覚・妄想などの精神症状や夜間譫妄が起こりやすい.高度な低酸素血症後あるいは前駆して全身性ミオクローヌス(Lance-Adams症候群)がみられることがある.CTで両側淡蒼球に低吸収病変,MRIで線条体などにT2強調画像で高信号がみられる.呼吸不全をきたす疾患があり症状を呈したら血液ガスで診断する.予後は慢性閉塞性疾患の重症度による.治療は誘因の除去,気道の確保,酸素吸入,人工呼吸管理,感染の治療,気管支拡張薬などで一時的には改善する.[高 昌星]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
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