能力開発(読み)のうりょくかいはつ(その他表記)training and development in organization

最新 心理学事典 「能力開発」の解説

のうりょくかいはつ
能力開発
training and development in organization

能力開発とは,個人やチームや組織の効果性を向上させるために実践される成員の学習と発達に関する組織的・体系的な取り組みを指す。企業・団体・官庁など組織内で実施される。

【能力開発の諸技法】 心理学に裏づけられた能力開発の試みは,レビンLewin,K.によって実践された感受性訓練sensitivity trainingに,その最も初期の活動が見て取れる。感受性訓練とは,対人関係の感受性を高め,状況に合わせて自分の態度や行動を柔軟に変容させるための訓練技法である。小集団のなかで,メンバーが「今,ここで」起こっていることだけに限定して互いに話し合い,自分の行動や隠された感情が他者に与える影響や,他者との相互作用の仕方を,体験を通じて学び取っていく。この訓練によって,グループのリーダーとして必要な対人配慮や情緒の安定などを身につけることができるのである。

 企業内訓練inhouse trainingは能力開発の具体的な取り組みである。職場における教育訓練は,もっぱらon-the-job trainingOJT)とoff-the-job training(Off-JT)に区別して考えられてきた。OJTとは,対象者が実際に仕事をやりながら,職務に必要な知識や技能や能力を習得することを指している。わが国に限らず,産業場面で最も広く実施されている能力開発の方法である。その普及率がきわめて高いために,現場でのさまざまな取り組みを含んでいる。対象者に仕事を割り当てて,仕事をやらせながら覚えさせる自然発生的なインフォーマルのものや,熟練者の仕事の仕方を見てまねるもの,職場の先輩を教育係に割り当て,対象者の面倒を見させるといったようなもの,上司が面談やワークシートを活用して,定期的にフォローアップするフォーマルで計画的なものなど,さまざまな形態をもつ。

 OJTの一環として,定期的・計画的に仕事の担当や配属を替え,いくつかの職務を経験させるジョブ・ローテーションを含めて考えることもある。また,外部コーチとの相談を通じて自分なりの仕事のやり方を身につけていったり,経験の長い職場の先輩から職務上で教えを請うような場合であれば,コーチングとよばれる訓練となる。コーチングcoachingとは,コーチと対話を重ねることによって,対象者が自分の目標達成に必要な知識,技能,ものの考え方を体得することを指す。さらに,技能形成の過程で,先輩との間に特定の上下関係や師弟関係が芽生えれば,メンタリングという形式を取ることもある。メンタリングmentoringとは,知識や経験の豊かな人(メンター)が,いまだ未熟な若年者(プロテジェ)に対して,職業面・キャリア面で目をかけたり,社会面・心理面でサポートを行なうことをいう。

 一方,職場外に場所を移して実施される研修や訓練をOff-JTとよぶ。その中身は多彩である。たとえば,講義(レクチャー)や専門書講読(座学やセミナー)は伝統的であり,最も慣れ親しんだOff-JTの方法である。また,参加メンバー同士の相互交流を中心にすえたものとしては,ケース事例を読んだ後に,ファシリテーターとよばれる仲介者の補助によってケースの状況分析や原因把握,対策立案などを行なっていくケースメソッドや,共通の課題について,グループメンバーと議論をすることによって解決策をまとめていくグループディスカッション,シナリオや状況が与えられた中で,参加者が決められた役割を演じることによって,その立場に立ったときの当事者の行動や相手の感情を学習するロールプレイなどがある。さらに,技術的に進化した学習方法として,インターネット技術を活用し,ウェブ動画やソフトウェアなどの多様なメディアを使って学習を行なうマルチメディア教育や,テキスト・映像・音響などのマルチメディアに加えて,プログラム学習や修了試験などを,ウェブとPCを併用して実施するeラーニングなども活用されている。

【効果測定】 研修を実施した後には,その効果を評価することが肝心である。研修効果測定evaluation of training effectivenessを行なわなければ,研修を実施した意義があったかどうかを結論づけることができないからである。研修効果を測定するための基準として,カークパトリックKirkpatrick,D.L.は四つの段階を挙げている。すなわち,研修終了後にアンケート調査等を行ない,参加者の意見や満足度をとらえる反応(満足度)基準,筆記試験やレポートなどを実施し,学習到達度を評価する学習(到達度)基準,研修後に職場で示した行動の変化を,参加者自身へのインタビューや他者評価からとらえる行動(変容度)基準,組織全体で見て,研修によって得られた効果の総体を測る結果(成果達成度)基準である。他方,コストと同じ基準で効果を評価するために,研修の効果を金額に換算する技法として,効用分析とよばれる評価方法が開発されている。経済指標(金額)を基準にすれば,経営者や管理者にとって最も研修効果を実感しやすいからである。

 組織全体として見て,OJTとOff-JTを含めた取り組みが企業内で実施されていれば,能力開発のための制度は整っているといえる。しかし近年,満足度が高い研修を実施することが良い企業内訓練のあり方ではなく,参加者が職場に戻って知的生産活動に寄与できてこそ,良い能力開発のあり方だという認識に変わってきている。よって,従業員の行動変容や職場全体の成果向上というレベルでの効果を,研修に関して評価していく必要がある。
〔高橋 潔〕

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改訂新版 世界大百科事典 「能力開発」の意味・わかりやすい解説

能力開発 (のうりょくかいはつ)
development

経営学の用語で,従来は経営者のための教育に限って用いられていたが,今日では,訓練trainingに対して,従業員の自発性を強調する用語として広く使われている。能力開発の方法には,講演・討論などの集合研修,OJT(on the job training,職場訓練),自己啓発などがある。能力開発計画は,組織(企業)の目標を達成するために実施される。いいかえれば,能力開発の〈能力〉とは,たんなる知識や判断力の豊かさではなく,業務の円滑な遂行に貢献する行動様式のことである。それゆえ,従業員が自発的に参加する場合でも,その成果は上司によって査定され,昇給,昇進,配置などによってサンクションsanction(報賞ないし罰則)が行われる。この意味で,能力開発は組織の目的に合致する人格の形成である。
企業内教育・訓練
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「能力開発」の意味・わかりやすい解説

能力開発
のうりょくかいはつ
ability development

各自のもっている能力を発見し,その能力をより一層高めること。能力開発が盛んにいわれだしたのは 1960年代のことで,技術革新と経済成長の急速な進展を背景に,それらのにない手である専門的な科学技術者と質の高い労働力の量的確保が,緊急な課題となった。能力開発は,国家的見地からその課題を追究するマンパワー・ポリシーの一環として強調される傾向があり,教育の内容,方法,制度にも影響する。

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