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苻健 ふけん Fú Jiàn

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世界大百科事典 第2版の解説

ふけん【苻健 Fú Jiàn】

317‐355
中国,(前秦)の初代皇帝。在位351‐355年。父の苻洪は略陽(甘粛省秦安県)の氐(てい)族の長で,後趙の内乱に乗じて枹罕(ふかん)(甘粛省臨夏県)に自立したが,部将麻秋に殺された。苻洪の第3子である苻健は麻秋を滅ぼし,長安に進撃して天王を称し,ついで351年(皇始1)帝位についた。苻健は倹約を重んじ政務に励み地域の指導者を礼遇し儒学をたっとんで,戦乱のために荒廃した関中地方の民生をよみがえらせた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

苻健
ふけん
(317―355)

中国、五胡十六国(ごこじゅうろっこく)の一つ前秦(ぜんしん)の創始者(在位351~355)。(てい)族の人。父の苻洪(ふこう)時代に族は後趙(こうちょう)に降(くだ)って枋頭(ほうとう)(河南)に徙(うつ)されたが、健が、父の死後衆を統(す)べると、後趙末期の混乱に乗じて西帰運動をおこし、長安を根拠としていた杜洪(とこう)を駆逐してここに都を置き、351年天王・大単于(ぜんう)と自称して国号を大秦(前秦)と定め、翌352年帝位についた。354年には東晋(とうしん)の桓温(かんおん)の攻撃をよくしのぎ、関中(かんちゅう)支配を確実にした。[窪添慶文]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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