茨田郡士(読み)まった・ぐんじ

朝日日本歴史人物事典の解説

茨田郡士

没年:天保8.3.26(1837.4.30)
生年:享和3(1803)
天保8(1837)年の大塩事件参加者のひとり。河内国(大阪府)茨田郡門真三番村の郷士に生まれ,27歳で家督を継いだ。持高60石余,宛米高132石余の地主である。天保1年守口宿白井孝右衛門の紹介で洗心洞(大塩平八郎の学塾)に入門。6年星田村の豪農和久田氏の娘のぶを嫁としたが,同家の当主庄九郎も郡士の紹介で入門している。7年大塩平八郎が蔵書を売り払い施行するに当たり協力し,翌8年2月の挙兵に加わった。一揆敗走後の2月21日,逃れがたいとみて領主である大坂城代土井利位の平野郷陣屋に自訴した。捕らえられて入牢,牢死した。<参考文献>乾宏巳「大塩の乱の農民的基盤」(『ヒストリア』69号),国立史料館編『大塩平八郎一件書留』

(藪田貫)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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