荻田主馬(読み)おぎた しゅめ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「荻田主馬」の解説

荻田主馬(2) おぎた-しゅめ

?-1701 江戸時代前期の武士
越後(えちご)(新潟県)高田藩家老。藩主松平光長の世継ぎをめぐって越後騒動がおきた際,家老小栗美作(みまさか)の反対派(お為方)として活動。天和(てんな)元年将軍徳川綱吉の裁定八丈島流刑となった。元禄(げんろく)14年4月8日同地で死去

荻田主馬(1) おぎた-しゅめ

?-? 織豊-江戸時代前期の武士。
はじめ上杉景勝につかえ,のち越前(えちぜん)福井藩松平家につかえる。慶長20年大坂夏の陣で戦功をたて,寛永元年(1624)松平家の越後(新潟県)高田への移封後は糸魚川(いといがわ)城代となった。通称ははじめ隼人。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の荻田主馬の言及

【越後騒動】より

…1674年正月松平光長の嗣子下野守綱賢が死んで子がなく,筆頭家老小栗美作は光長の異母弟市正(いちのかみ)の子万徳丸(15歳)を推して光長の承諾を得,将軍徳川家綱に謁して三河守綱国とした。市正の弟永見大蔵や家老荻田主馬らはこれをもって,美作がわが子掃部(かもん)大六を光長の嗣子にしようとしたが見込みがないので,少年万徳丸を立てて権力をほしいままにし主家を横領しようとするものと喧伝し,殿様のため(お為方)に美作(逆意方)を除こうと騒いだ。これが幕府に知られ,大老酒井忠清は美作を正しいと裁断した。…

※「荻田主馬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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