宇野浩二の短編小説。1919年(大正8)4月《文章世界》に発表。同年12月,聚英閣より刊行。売れない貧乏な小説家で,着物道楽の山路が中心人物。これは近松秋江(ちかまつしゆうこう)の挿話をもとにして書かれたといわれているが,宇野浩二流のとぼけたおかしみも横溢している。金に窮して着物を質屋に運んだが,騒がしい下宿をのがれたいため,自分の質入れした着物の虫干しを思いつき,交渉の結果,質屋の二階で虫干しをしながら蒲団を敷いて寝ころび,女道楽の思い出にふける。そこに別れたヒステリーの先妻のことや,質屋の主人の妹の話がからまる。説話体の大阪落語的な筆致だが,その底にペーソスにみちた庶民感情の起伏があり,宇野の出世作となった。単行本《蔵の中》には序にかえて《近松秋江論》を付載した。
執筆者:紅野 敏郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…翌年,永瀬義郎,鍋井克之らのはじめた美術劇場にも協力。19年には,終世の友広津和郎の紹介で《蔵の中》を《文章世界》に発表し,さらに《苦の世界》,《子を貸し屋》(1923)などにより大正文学の中心作家となる。饒舌体の文章で物語るユーモアとペーソスを基調とした作風であった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」