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近松秋江 ちかまつ しゅうこう

美術人名辞典の解説

近松秋江

本名徳田浩司。早大英文卆。雑誌『中学世界』の編集に従事。その後作家生活に入る。昭和19年(1944)歿、69才。

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百科事典マイペディアの解説

近松秋江【ちかまつしゅうこう】

小説家。本名徳田浩司。岡山県生れ。東京専門学校(早稲田大学の前身)英文卒。1910年,身辺に取材した《別れたる妻に送る手紙》によって作家的地位を確立。《疑惑》《黒髪》《子の愛の為に》などを書き,とくにその露骨な愛欲生活の描写によって,代表的な私小説作家の一人とされる。
→関連項目正宗白鳥

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

近松秋江 ちかまつ-しゅうこう

1876-1944 明治-昭和時代前期の小説家。
明治9年5月4日生まれ。「読売新聞」に評論「文壇無駄話」を連載。のち「別れたる妻に送る手紙」「疑惑」「黒髪」「子の愛の為に」などの私小説を発表した。昭和19年4月23日死去。69歳。岡山県出身。東京専門学校(現早大)卒。本名は徳田浩司。著作はほかに「執着」「舞鶴心中」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

ちかまつしゅうこう【近松秋江】

1876‐1944(明治9‐昭和19)
小説家,評論家。岡山県生れ。本名徳田浩司。初め徳田秋江と号した。東京専門学校(現在の早稲田大学)卒業。1901年ころから《読売新聞》などに文芸批評を書き,《文壇無駄話》(1910)としてまとめるなど,まず評論家として認められたが,10年には《別れたる妻に送る手紙》を発表して,小説家としての地位をも築いた。そして,この続編である《執着》《疑惑》(ともに1913)などの作品を発表したのち,大阪や京都の遊女との愛欲生活を描いた《青草》(1914)や《黒髪》(1922)などの作品を発表して,情痴文学の極致を示したが,22年に猪瀬イチと結婚して子どもができると,愛欲生活から足を洗い,《子の愛の為に》(1924)などの作品を発表した。

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大辞林 第三版の解説

ちかまつしゅうこう【近松秋江】

1876~1944) 小説家。岡山県生まれ。本名、徳田浩司。東京専門学校卒。印象批評の先駆的名著「文壇無駄話」を出す。「別れたる妻に送る手紙」で文壇的地位を得、人間の情痴面を描いた。後年には、歴史小説も試みた。他に「疑惑」「黒髪」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

近松秋江
ちかまつしゅうこう

[生]1876.5.4. 岡山,和気
[没]1944.4.23. 東京
小説家。本名,徳田浩司。 1901年東京専門学校英文科卒業。島村抱月の指導下に出発した自然主義作家であるが,出世作『別れたる妻に送る手紙』 (1910) にみるように断ちがたい未練を情緒的,詠嘆的に叙した面に特色がある。実生活風の便りをもとに女のあとを追う破綻者的なところがあり,その体験を『疑惑』 (13) ,『黒髪』 (22) などに描き,岩野泡鳴とともに実行者即表現者の代表的作家となった。 22年再婚後は『子の愛の為に』 (24) ,『第二の出産』 (25) ,『児病む』 (27) などの私小説を書いた。 36年頃から眼疾に悩み,42年両眼失明。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

近松秋江
ちかまつしゅうこう
(1876―1944)

小説家、評論家。明治9年5月4日、岡山県和気(わけ)郡藤野村(現和気町)の生まれ。本名徳田浩司(こうじ)。初め徳田秋江と号したが、のちに敬慕する近松門左衛門にちなんで改めた。東京専門学校(現早稲田(わせだ)大学)英文科卒業後、島村抱月のもとで『読売新聞』の小説月評などに加わり文筆活動を開始、その後『中央公論』などの雑誌編集に従事したが長続きせず、在学中に知った正宗白鳥(まさむねはくちょう)が編集していた読売文芸欄に『文壇無駄話』(1908)と題する独特のスタイルの評論を発表、批評家として認められた。同時に小説の筆もとっていたが、『早稲田文学』に連載された『別れたる妻に送る手紙』(1910)にその本領を発揮、その続編にあたる『疑惑』(1913)、それらと同じく男の情痴を主題とした『黒髪』(1922)の連作などを代表作として残し、典型的な破滅型私小説作者として知られる。しかし、情痴を描くことに徹した秋江も、大正末年に女児を得たことによって、『子の愛の為(ため)に』(1924)など「子の愛物」とよばれる作品を書くようになり、さらに昭和に入ると、生来の政治好きから『水野越前守(えちぜんのかみ)』(1931)などの床屋政談的歴史小説も執筆した。そのほか叙情味豊かな随筆、紀行文も多い。昭和19年4月23日没。[田沢基久]
『『日本文学全集14 近松秋江集』(1974・集英社)』

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