ヒステリー(読み)ひすてりー(英語表記)Hysterie ドイツ語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヒステリー」の意味・わかりやすい解説

ヒステリー
ひすてりー
Hysterie ドイツ語
hysteria 英語

語源子宮を意味するギリシア語で、ヒポクラテスの時代に端を発し、当時は子宮の病という意味をもっていた。近代医学的領域の一つの概念として初めて提唱したのは、フランスの神経病学者ブリッケPaul Briquet(1796―1881)で、ブリッケ病ともよばれた。ブリッケの記載した特徴は、(1)女性に多くみられること、(2)発病は多くは20歳、ほとんどが30歳以前であること、(3)経過が一定で予測もできること、(4)いろいろな痛み、不安、胃腸症状を訴えること、(5)しばしば入院し、また手術をたびたび受けること、などであった。その後、フランスの神経病学者シャルコーは、このブリッケの記載に注目し、催眠法を使ってヒステリー研究を行い、ヒステリー患者のみが催眠にかかり、それは脳にある種の脆弱(ぜいじゃく)性があるからであると主張した。つまり、ヒステリーの素質論である。今日ではそれほど受け入れられてはいない。ヒステリーの理解に決定的な進歩をもたらしたのは、オーストリアの生理学者で神経科医のブロイエルJosef Breuer(1842―1925)の催眠誘導下でのカタルシス療法(感情の発散を伴った談話療法)や、それに続くフロイト精神分析の確立であった。すなわち、ヒステリーは精神的葛藤(かっとう)が処理できず、無意識領域に抑圧され、その際の精神的エネルギーが形を変えて身体症状(転換ヒステリーあるいは転換性障害)や解離症状(解離ヒステリーあるいは解離性障害)となって現れたものであると解釈されるに至った。解離症状とは心理機能の一部が他と連絡を断たれて独自の活動を営む現象である。そして、フロイトによると、ヒステリーの病因は幼少時の両親と子供の三角関係、つまりエディプスコンプレックスに由来すると解釈された。もっとも、その後の精神分析の研究によると、エディプス・コンプレックスの生ずるよりずっと以前の人生早期の母子関係に原因があるという主張が現れている。

 しかし、精神分析以外の立場の人もいて、ヒステリーの概念が完全に統一されているわけではない。ヒステリーという用語神経症においてばかりではなく、「ヒステリー性格」や「ヒステリー精神病」などという使い方がこれまでされていて、概念の明確化が困難であるからである。また、ヒステリーの発生頻度や病像が文化や社会的条件の変化の影響を受けることも、ヒステリーの理解を困難にしている。戦争中や社会動乱下では、けいれん、失立、失歩など、目だつ身体症状が現れるが、今日の日本のような平和時では疼痛(とうつう)などが多い。前者を古典的ヒステリーとよんでいる。解離症状としては解離性健忘解離性遁走(とんそう)(家庭または普段の職場から離れて放浪し、過去を想起できなくなる)、解離性同一性障害(いわゆる多重人格障害)、離人症などがあるが、最近では若い女性を中心に解離性同一性障害と診断される例が増加している。

 ヒステリーは女性だけの病気というのは誤解であり、戦争中、軍隊で多くのヒステリーが発生した。また、ヒステリー性格者のみがヒステリーにかかるというのも正しくない。ヒステリー性格の特徴は、(1)演技的で人の関心を買う行動、(2)自己中心性、(3)情緒不安定性、(4)誘惑・魅惑的、(5)言語の誇張、(6)依存性、などがあげられる。つまり、自己顕示性が強い性格である。なお、現在、精神医学領域ではヒステリー性格という用語をやめて、演技性人格障害とよんでいる。

[西園昌久]

『エティエンヌ・トリヤ著、安田一郎・横倉れい訳『ヒステリーの歴史』(1998・青土社)』『J・D・ナシオ著、姉歯一彦訳『ヒステリー――精神分析の申し子』(1998・青土社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヒステリー」の意味・わかりやすい解説

ヒステリー
hysteria

ギリシア語で子宮を意味する言葉で,古代には婦人病と結びつけられていた。 18世紀には J.M.シャルコーらが催眠術によって治療しようとした経験から,ヒステリーは暗示によって生じ,暗示によって消える心身の機能障害と考えられるようになった。その後,産業社会化や戦争という状況で,要求や願望と結びついた機能障害が多数みられ,賠償神経症,戦争神経症などの概念が生れた。他方,19世紀から始った変質説は,20世紀に入ってもヒステリー性格という概念を進め,性格における自己顕示性が強調された。また,精神分析の専門家は,自我防衛のために抑圧した本能的衝動から生じた無意識の葛藤が象徴的に顕現したものと考え,この機制を転換 conversionと名づけた。ヒステリーには,器質的裏づけのない運動麻痺や知覚麻痺,知覚過敏,振戦,盲,聾,内臓症状なども伴う。

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