コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

藤原義懐 ふじわらの よしちか

3件 の用語解説(藤原義懐の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原義懐 ふじわらの-よしちか

957-1008 平安時代中期の公卿(くぎょう)。
天徳元年生まれ。藤原伊尹(これただ)の5男。母は恵子女王。姉懐子が生んだ花山天皇の即位で蔵人頭(くろうどのとう)となり,寛和(かんな)元年(985)参議,同年従二位,権(ごんの)中納言となる。外戚(がいせき)として,近臣の藤原惟成(これしげ)とともに天皇を補佐した。2年天皇の突然の出家,退位により,即日出家。寛弘(かんこう)5年7月17日死去。52歳。法名は寂真。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原義懐

没年:寛弘5.7.17(1008.8.20)
生年:天徳1(957)
平安中期の公卿。法名は悟真(のち寂真)。従二位。摂政伊尹と恵子女王(代明親王の娘)の子。5男。懐子の弟。永観2(984)年,甥の花山天皇(母が懐子)の即位にともない蔵人頭に任じられ,翌年参議,権中納言に進んだ。「国ノ政ハオサヘテ義懐(が)ヲコナ」(『愚管抄』)ったといわれたように,天皇の外戚として,敏腕の左中弁藤原惟成と共に荘園整理など新政をおし進めたが,天皇が在位3年目で出家,譲位したことで義懐も出家,仏門生活は23年におよんだ。無学だが賢才といわれた。

(朧谷寿)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

藤原義懐
ふじわらのよしちか
(957―1008)

平安中期の公卿(くぎょう)。摂政伊尹(せっしょうこれただ)の子。冷泉(れいぜい)天皇の女御(にょうご)であった妹懐子(かいし)所生の師貞(もろさだ)親王(花山(かざん)天皇)が、984年(永観2)に即位するや蔵人頭(くろうどのとう)となった。さらに天皇の外叔父という関係でもって翌年に権中納言(ごんちゅうなごん)に進み、蔵人・権左中弁の藤原惟成(これなり)の協力のもと政治を推進し、天皇と姻戚(いんせき)関係のない左右大臣ら上位をしのぐ勢力を得た。しかし、それもつかのまのことで、986年(寛和2)藤原兼家(かねいえ)らの計略によって花山天皇が出家するに及んで、これに従って出家し、名を寂真(じゃくしん)と改めた。[朧谷 寿]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

藤原義懐の関連キーワード冷泉為綱正親町公兼正親町公叙高倉永宣大炊御門経敦柳原量光五辻泰仲四條公任小右記扶桑集

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone