改訂新版 世界大百科事典 「行動圏」の意味・わかりやすい解説
行動圏 (こうどうけん)
home range
行動域ともいう。動物個体群がどのような空間構造を有しているのかを知ろうとするとき有効な概念。バートW.H.Burtが動物の〈各個体が食物集め,生殖,子育てなどの正常活動のために動きまわる居住地域〉として定義(1940)した用語。これは主としてネズミ類など小哺乳類にもちいられる概念であり,その中に生活の中心地である巣がふくまれる。その後,この概念を定住性の強い動物一般にあてはめたとき,巣がないとか,行動のどれが正常活動なのか判断がむずかしいといった場合がでてきて,もっと広義に〈定住性が強い動物の,ある限られた期間内における最大行動範囲〉とされるようになった。行動圏は対象となる動物個体の時々刻々の移動ルートを一定期間集積し,その最外周を線で結ぶことによって得られる。ただ,一定期間の長さというのが問題で,どのくらいの時間観察したらその動物の行動圏といえるのかはかなり恣意(しい)的である。ある場合には,横軸に観察時間をとり,縦軸に積算行動圏面積をとって,積算行動圏面積の増加率が一定の値になったときに観察を打ち切る方法がとられる。
個体に限らず集団が緊密にまとまった群れとして動きまわるときにも〈群れの行動圏〉という言い方がされる。ニホンザルの群れの場合には,巣という特別な場所をもたず,動きまわるコースに回帰性が見られることを強調する“遊動域”という用語があてられることがあるが,行動圏とほぼ同じ意味である。行動圏はその内部へ他個体の侵入が自由に行われる点で,なわばり(テリトリー)とは区別される。行動圏の大きさはおもに個体が必要とする食物量によって決まる。動物種の身体の大きさと行動圏面積を両対数目盛りのグラフにとったときには,一般に直線関係が得られることが,鳥類や霊長類でわかってきた。しかし,行動圏面積は種によってきちんと決定したものではなく,地形,植生,食物量,個体群密度,捕食者の数,集団の大きさなどのさまざまな環境要因によっても変わる。それらの間にどのような関係が成り立つかをさぐることは,生態学上の重要な課題のひとつである。
執筆者:山岸 哲
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報