日本歴史地名大系 「行田町絵図」の解説 行田町絵図(町絵図)ぎようだまちえず 一三三×一七四センチ成立 天保年間原本 行田市郷土博物館解説 原題はない。墨一色。天保年間の日除願、御用日記(梅沢家文書)などから作製時期が推定される。町並に短冊形の地割を並べ、職業・人名、部屋の名称と畳数、二階の部屋数・畳数、雪隠・風呂場の有無が書込まれている。天保一四年の日光社参の際に御三家・三卿が日光脇往還の行田を通過し、和歌山藩主は往復とも宿泊しているので、その準備のための調査の結果作製されたと考えられる。町並業種は八〇種近くに細分されている。 行田町絵図(町絵図)ぎようだまちえず 一一四×一三六センチ成立 享保年間原本 行田市郷土博物館解説 原題はない。道路と屋敷地を描く以外に屋敷の中に建造物の概略を示し、借店・土蔵・物置・厩・雪隠の標識を記し、墨のほかに紫・赤・黄・青の色彩を使用する。作製時期は町年寄数人の名前で推定される。町並の店舗は屋号か業種か判然としないものもあるが、おおよそ五九の業種が数えられ、借店の数が四四七にも及ぶ。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by