衛正斥邪(読み)えいせいせきじゃ

大辞林 第三版の解説

えいせいせきじゃ【衛正斥邪】

朝鮮王朝末期の思想。元来は正学(朱子学)を守り、邪学(仏教や天主教など)を排斥するという内容であったが、欧米列強の侵略に直面して、欧米諸国を夷狄視して排斥し、鎖国を維持しようとする思想へと変化した。

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世界大百科事典 第2版の解説

えいせいせきじゃ【衛正斥邪】

正学を衛(まも)り邪学を斥(しりぞ)けるという,朝鮮,李朝後期の体制的思想。国内的には,朝鮮朱子学を唯一の正学とし,朱子学以外の儒教の潮流および仏教を邪学として斥けた。対外的には,華夷思想に基づき,朝鮮を小中華と自認し,清その他の国々を夷狄視した。華夷思想とは,本来漢民族の世界観で,礼の有無によって世界を華と夷に弁別し,自国は礼が備わった〈中国〉,すなわち〈中華の国〉とし,他は夷狄とするものである。

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世界大百科事典内の衛正斥邪の言及

【小中華思想】より

…李朝前期には朝鮮にとって明は〈大中華〉であり,〈以小事大(小を以て大に事(つか)える)〉の事大=宗属関係があったが,女真族=清が明を滅ぼし,1627年,36年に朝鮮に侵入すると(丙子の乱),政治的には清との事大=宗属関係を維持しながら,精神的には中国は夷狄化したとし,朝鮮を唯一の小中華として自負した。とくに孝宗(在位1650‐59)の治世期には宋時烈らによる尊明排清の北伐論が起こり,それ以来清を夷狄視し,さらに近代に入っては西洋=洋夷,日本=倭夷に対する鎖国攘夷の思想(衛正斥邪)として発展した。18世紀後半期における朝鮮実学の北学派は,たとえ夷狄であっても,長所があれば師として学ぶべきだと主張し,小中華思想の枠組みから離れて世界をみようとした。…

※「衛正斥邪」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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